第57話 祖父母との再会

 相変わらずカーミス村は賑やかだった。


 そんないつもの風景にキリルは安心する。数日前には村で反乱がどうとか話していたというのが嘘のようだ。


「あ、キリル兄ちゃんだ!」

「ほんとだ! どこ行ってたのー?」

「うん、ちょっとね」


 ニールと一緒にキリルの家に向かう途中、広場で遊んでいた子供たちがキリルの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。その無邪気な様子にキリルはしゃがみこむと、にっこりと笑顔を返した。


「おや、キリルじゃないか。ここ数日ルアールに出掛けてたんだって?」

「えっと、まあ」


 今度は近所のおばさんに声を掛けられ、キリルは少し困ったように頭を掻く。


 詳しい事情を説明しようにも、色々と話すべきではないことが多すぎる。それに、話したところで到底信じられるものでもないだろう。


 適当に誤魔化すと、キリルとニールはそそくさとその場を後にした。


 ニールはこの村でキリルと行動を共にするのは初めてだった。


 キリルを探していた際に一度訪れ、情報収集をしたことはあるのだが、その時はキリルに出会うことはなかった。


 村のあちこちで声を掛けられるキリルを見て、ニールは他人事ながら嬉しく思っていた。


 キリルはどこにいても、誰にでも慕われる存在なのだ。


 そのことが世話係でもある自分の誇りでもあった。


 この少年はデルニード国第四王子で、【救国の王子】なのだと村中に触れ回りたいくらいだった。


 当然言うわけにもいかず、心の中だけで我慢する。が、思わず顔がにやけてしまう。


 その顔を見たキリルは思わずぎょっとし、何か悪いものでも食べたのではないかと本気で心配する程だった。


「あ、ここがおれの家」


 キリルが立ち止まって一軒家を指差す。広場からはそれほど離れていない場所にある、とても質素なものだ。


 デルニード城どころかルアール市民の家と比べてもずっと素朴な作りの家。その扉を大きく開くと、キリルは声を上げた。


「じいちゃん、ばあちゃん、ただいま!」


 中に入るようキリルに促され、ニールも一緒に家に足を踏み入れる。


「キリル! それにニールさんも!」


 入ってすぐの居間で、昼食をとっていたらしいキリルの祖母が驚いた表情をみせた。持っていたスプーンをテーブルに置くと、すぐさま立ち上がる。


 その向かいでは祖父が無言ではあるが、とても穏やかな瞳でキリルたちの方を見ていた。


「無事に帰って来てくれて、本当によかった」


 今にも泣きだしそうな声で祖母はそう言うと、二人に椅子に座るよう勧めてくれた。


 素直にその言葉に甘え、揃って椅子に腰を下ろすとキリルは大きく深呼吸をする。そして口を開いた。


「……あのさ」


 真剣な眼差しを向けるキリルに、祖父母が目を見張る。


 キリルはさらに続けた。


「おれ、これから修行のためにデルニード城で暮らそうと思うんだ」

「修行!? それにお城で暮らすってどういうことなの?」


 真っ先に声を上げたのはやはり祖母だった。祖父は相変わらず無言ではあったが、きっと心の中では祖母と同じようなことを思っているだろう。


 このような反応が返ってくるのはすでに予測済みだ。だからきちんとこれまでのことを話した上で、納得してもらおうとキリルは考えていた。


「うん、ちょっと話すと長くなるんだけど……」


 キリルはそう前置きすると、祖父母に村から逃がされた後のことを話し出した。



  ※※※



「……そう、大変だったのね。でも無事でいてくれてよかったわ」


 これまでの出会いや別れ、そしてキリルが行動してきたことのすべてを聞き終えた祖父母が揃って大きく息を吐く。


「大変ではあったけど、いいこともたくさんあったよ」


 ね、とキリルが笑顔でニールを見やると、


「そうですね。俺はキリル様に再会できたのが一番いいことでしょうか」


 彼もそう言って微笑んだ。


「それで、これからお城で剣と魔法の修行をするつもりなのね?」


 祖母が確認するかのように訊くと、キリルは大きく頷いてみせる。


「おれ、魔法剣士を目指そうと思って」

「でも、こんな田舎者の子じゃお城では迷惑じゃないかしら」


 頬に手を当てた祖母が心配そうに言う。


 確かに田舎者なのは否定できないし、今更言っても仕方がないのだが、言いたくなる祖母の気持ちもよくわかる。


 キリル自身も、こんな自分で大丈夫だろうかと思っていたからだ。


 だが、そんな祖母に向かってニールは笑顔でこう答えた。


「すぐには無理かもしれませんが、王族としての自覚が徐々にでも芽生えてくればきっと大丈夫だと思います。それに俺がついて、厳しくしつけますから」

「そうね、ニールさんが一緒なら大丈夫ね」


 つられるように祖母も微笑む。祖父はそれを肯定するように何度も頷いていた。


 とりあえず、城で暮らすことには賛成してくれたようでキリルは一安心したが、ニールを世話係にして本当によかったのだろうかと一抹の不安がよぎる。


 世話係になった途端にこれまでの過保護が悪化したことを考えれば、彼の言う『しつけ』とやらがどうなるものかわかったものではない。


 きっと剣や魔法の修行以外で、マナーやら教養とやらを学ばなければならないだろうことはわかっていたし、それは城で暮らす上で必要なことだからと納得はしていた。


 しかしそれにニールが関わってくるとなると、話は少し変わってくる。


 これまで一緒に行動してきて、彼がとても穏やかな性格なのはわかっている。が、ごくごく稀に出てくる激しい性格があるのも事実だ。


 キリルは、ニールがエミリアを部屋から追い出した時のことを思い返す。あの時に彼だけは絶対に怒らせないようにしようと心に誓ったのだ。


 とは言っても、早速朝に怒らせたばかりである。すでにあっさりと誓いが破られてはいるが、それでもあの怒りはまだ可愛い方だったと思う。


 剣の稽古で怒られるのは覚悟の上だし、むしろ厳しくしてもらえるのはこちらとしてはとてもありがたいことだ。だが、マナーだとかで厳しくされた挙句に怒られるのは勘弁してほしい。


 そんなことを考えていると、これまで祖父母の方を向いていたニールがキリルに向き直る。


「そういうことなんで、キリル様よろしくお願いしますね」


 とびきりの笑顔をみせるニールとは対照的に、キリルは血の気が引いた顔でただ黙って見返すことしかできなかった。


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