【KAC猫の手を借りた結果】再生

結月 花

そんな馬鹿ニャ

 そこはちっぽけなオフィスビルの中にある零細企業だった。築何十年経っているかわからないほどの薄汚れた灰色のビル。その中で、年度末の決済に追われて電卓を叩いていた犬は、眼鏡を外して椅子の背もたれに深く腰掛けた。


「今期も赤字か……もうこの会社はだめかもしれん」


 そう言って犬が深いため息をつく。ほそぼそと郵便配達事業を続けてきたが、昨今の不況のアオリを食らい、会社はもはや倒れそうなくらいに傾いていた。働き者と噂のアリを何匹か雇い、交渉ごとのうまいタヌキに資金繰りを任せているが、銀行ももう融資をしてくれなくなってしまった。このままでは従業員そろって路頭に迷うしかないだろう。社長としてこの会社の舵取りをしてきた犬は、いよいよ取り繕えなくなってきた帳簿を見て頭を抱えた。


「社長! こちらの書類の決裁がまだ済んでおりません!」

「社長! A社から督促の電話が入っております!」

「社長! 今期の予算が足りません」


 アリが何匹か事務所にやってきて、口々に報告をする。借金をしたお金で別の所の借金を返す。もはや日銭を稼ぐためには仕事を選ぶ余裕もなかった。少しでもお金になることは全部請け負っていた為、足の早いチーターは36協定を軽く逸脱するほどに残業して郵送業務に携わっており、長距離運送に向いているウマは文字通り馬車馬のごとく働いていた。

 深夜残業は当たり前。会社に泊まってそのまま朝を迎えるなんてザラだ。もはやゾンビを雇った方が効率があがるかもしれない。労基に乗り込まれたら一発アウトな程に漆黒ブラック企業と化していたその会社は、猫の手も借りたいほどに忙しかった。


(猫の手も借りたい……か……)


 犬は真っ赤に染まった帳簿から逃れるように天井を仰ぎ見た。「猫の手も借りたい」とは、ネズミを取ることしか役に立たない猫の力ですら借りたいという意味の言葉だ。確かに慣用句の通り、その会社の従業員である猫も窓際でたまにネズミを取るくらいしかしていない。交通違反の取りしまりのことではなく、本来の意味でだ。正直彼が会社のお荷物であることには間違いないのだが、同期のよしみである点と、彼にはほとんど給料を支払っていない点からなんとなく会社に置いておいているが、もはや彼の力も借りないと回らない状況だった。


(だが……いいのか? 彼はほとんど仕事をしたことがないのに)


 犬が知っている猫の姿といえば、窓際でゴロゴロ昼寝をしているかネズミを獲っているだけだ。今更彼に何ができるというのだろうか……と考えた所で、犬は静かに首を振った。

 どちらにせよ会社は倒産寸前なのだ。猫の手を借りて失敗するならそれでいい。長年一緒にいた猫にとどめをさしてもらうのも悪くないかもしれない。犬はそう決心すると、猫のもとへ歩いていった。


「今、会社は倒産寸前で猫の手も借りたいくらいなんだ。お前にも仕事を任せたい」

「んん〜? 俺でいいの〜?」


 猫はあくびをしながら答えた。


「頼む。人手が足りないんだ。何でもいいからとりあえず手がつけられるところからお願いする」

「ん〜俺にできるかわかんないけど、とりあえずやってみるよ」


 そう言いながら、猫はのそのそと椅子から立ち上がった。







 結果。



 実は猫は中小企業診断士の資格を持っていた。まず猫は人員整理に手をつけた。やれコロナだテレワークだなんだと言ってサボり癖がつき、生産性のあがらない派遣のキリギリスを軒並み切る。キリギリス達からは勿論抗議の声があがったが、負債になるものは切り捨てるのがセオリーだ。その代わり、優秀な派遣社員であった働き者のナマケモノは正社員へ登用し、裁量のある仕事を任せた。 

 次に、徹底的なコストの削減を行った。使われていない資産は有形、無形問わず売却し、業務フローを徹底的に見直した。古くからある紙媒体での決裁は完全に撤廃し、システム化できる部分はITを導入。実は猫は暇をしていた時間でITスペシャリストの資格も取っていたので、そういったシステムの部分は猫が担った。

 CS(顧客満足度)を高めるために使いやすい、わかりやすいインターフェースを構築し、「どんな場所でも素早く正確に」をモットーにサービスを提供していく。もちろん定期的な社員研修を行い、提供するサービスの品質にムラが出ないように徹底するのは忘れない。ネット広告も打ち出すようになり、ポツポツと利用者が増え始めた所で、今度はES(従業員満足度)にも力を入れた。

 評価基準を定め、成果を出した社員にはボーナスをアップさせる。女性の管理職登用という謳い文句を掲げ、働きやすい企業というイメージを付与した。企業主導型保育園を導入したことにより、カンガルーなどのように子供の預け先が無くてお腹の袋に子供をいれたまま出社しないといけない社員には非常に喜ばれた。


 様々な施策の登用で、会社は少しずつ右肩上がりになっていった。そこで他の郵送事業にはない、配送料無料、即日配達の文言を全面的に売り出した。同じものを頼むなら、配送料がかからず早い方が良いよね、という顧客が増え始め、注文は殺到。現場は嬉しい悲鳴だが、もちろん過剰な残業はさせないように法定に則った仕事をさせた。人員が足りなくなれば中途採用で引き抜き、現場の稼働を安定させる。

 やがて「物を買うならこのサイトしかないわね」というイメージがついた所でブランド戦略に出た。日本人の「なんとなく皆使ってるから私も使おう」精神につけこみ、企業ロゴを目立つものに一新。

 企業名もあらため、株式会社amyazonを設立した。独自の倉庫を持ち、クロヌコヤマトと連携をしてお客様に迅速に、スピーディに荷物を届ける。利用者は爆発的に増え、注文の依頼が連日引きも切らない。利用者が増えたことにより集まったビッグデータを解析し、個人へ向けた広告の打ち出しや、最近では郵送事業だけに留まらないクラウドサービス事業にも手を出し始めた。





 猫の手も借りた結果──今やこの会社を知らぬ者はどこにもいない。

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