第18話 じれったいですわ!

「あ、あの! 嫌がっていると……思うんですけど」


 男に連れていかれそうになったアカネは現れたコウを見る。しかし、最も驚いているのは男だった。


「驚いたなぁ。私を認識・・するとは」

「ぜぇ……ぜぇ……え? 普通に見えてますけど……?」


 急いで来たので呼吸を整えるコウには、ハッキリと男が見えている。


「ふむ。これは少し不可解だぞ、少年。この様な事が……起こるモノなのか」

「と、取りあえず……彼女から手を離し――」


 コウは男からアカネを解放しようと手を伸ばす。すると、男は唐突にアカネから手を離した。

 と言うよりも、コウに腕に握られる事に対して危機感を感じた様な仕草である。


「あ……えっと。静電気でも起きました?」


 手が離れた瞬間、アカネはコウの後ろに移動し、カリンも男を威嚇しながらその後ろへ。


「……ファハハ! そうか! 何故気がつかなかった!? 少しボケているぞ! 私よ!」


 コウを見て男は笑う。

 なんだこの人? とコウは頭に疑問詞を浮かべる。


「15年前の過ちを繰り返す所だったよ! 少年! 教えてくれてどうもありがとう」


 今度は胸に手を当てて男はペコリとお辞儀をする。


「君に比べて私の血は新し過ぎるのでね。今後は彼女を狙わない事を約束するので、この場は許してくれないかな?」

「え? それは……僕よりも彼女に――」


 と、コウは後ろに回ったアカネを見るが、彼女は男と目すら合わせたく無いようだ。


「いいや君さ。それでは失礼するよ」


 そう言って男は歩いて行くといつの間にか消えていた。






「何だったんだろう……」


 只のナンパでも無さそうだし……もしかして、スカウトのようなモノかな? 委員長って実は結構な美少女だし――

 と、服を強く掴まれる感覚。


「……委員長?」

「あ、すまない」


 パッと離して寄せていた身体も離れる。

 気まずい雰囲気が流れ、そのまま去るにしても何かを言い出すタイミングが掴めなかった。すると、


「じれったいですわ!」


 空気を一変させる声をカリンが上げた。そして、コウに対してペコリ。


「橘様、危ない所を助けて頂き、ありがとうございます」

「あ、いや……まぁ……知り合いだし。委員長とは」


 カリンからは敵意を向けられていただけに、しっかりとお礼を告げる仕草には少し驚いた。

 その様子に間が取れたアカネは一度、ふぅ、と息を吐いて呼吸を整える。


「橘。本当に助かった。まさか……白昼堂々に誘拐されかけるとは」

「僕はさらっと誘拐未遂の単語が出てくる委員長の胆力が凄いと思うよ……」


 思い出す事もトラウマなる者も居ると言うのに、アカネは一つの不幸が通り過ぎた様にいつもの様子になっていた。


「お姉さま。わたくしは日本の町がこんなに危険だと思いませんでした。ナンパに誘拐……お姉さまの美貌を考えればどれもあり得た事……お姉さまとのデートよりもその安全が第一……こんな事ならジョーイの同行を許可するべきでしたわ」


 カリンは拳を握りしめて、町を歩くには戦力不足だった事を嘆く。


「委員長、ナンパもされたの?」

「歩いてたら呼び止められた。しつこくて困ってたら、ほっほう! と叫ぶマッチョが現れて撃退してくれたが」

「うわ。それじゃ、ジョーイって?」

「カリンの付き人で護衛兼執事だ。元殺し屋らしい」

「……カリンさんって何者?」

「年少テニスプレイヤーで同世代では敵無しだ。可憐な容姿は雑誌とかにも大きく取り上げられてる。カリンの家は海外では上流階級でな」

「へー」

「ちょっと! わたくしを余所にしないでくださいまし!」


 再び目くじらを立てて可愛く睨らむ。


「それじゃ、僕はこれで。委員長、気をつけて――」

「お待ちなさい!」

「え?」


 先程と同じ様に去ろうとしたところ、カリンに力強く呼び止められた。


「わたくしの話を聞いてなかったのかしら? 今、ジョーイが居ないのよ?」

「うん……そうだね。気をつけて――」

「違ーう!」

「わっ!」


 いきなり飛び上がる様なカリンにコウは純粋に驚く。


「橘様は今しがた襲われたレディ二人を放って去るお方なのですか!?」

「……え、いや……でも、カリンさんも委員長と二人が良いでしょ?」


 カリンがアカネに対してべたべたに慕っている様子は先程、一度追い払われた事で理解している。


「その通り! しかし、お姉さま安全にショッピングするには護衛が居なければままならない事も事実なのですわ! ご理解なさって!」

「カリン。頼むのに相手にその言い方はダメだろう?」


 アカネは一言謝りつつ前にコウに告げる。


「橘、君が良ければ私達と一緒に行かないか? 何かあったときに男手があると助かるんだ」

「……邪魔しちゃわないかな? 折角の二人の時間なのに」

「カリンが気にしないなら構わないさ」

「今回は特別に、わたくしとお姉さまの輪に入る事を許しますわ! これはとても幸福な事ですのよ!」


 “友達でも誘って遊びに行きなさい”


 このまま料理の本だけ買って帰っても、叔母さんに心配をかけるだけか……


 ァアア……


 それに委員長が『レッドアイ』と眼を合わせて平気でいられる理由もわかるかな。


「それじゃ、僕で良ければ」

「決まりですわね!」


 すると、カリンは嬉しそうにアカネとコウの手を左右に持つと二人を引っ張る様に走り出す。


「善は急げですわ!」

「わっ!?」

「カリン?! 急に走ると危ない!」






「ちっ、クロトのヤツ……」


 警察署のデスクにドスンと座った緋野は、昨晩にクロトと話した事を思い出し、朝から舌打ちを何度もしていた。


“とっつぁん。ヤツは必ず四季彩市に戻ってくる。ここはオレらみたいな奴らにとっては宝箱みたいなモンでな。どこに行こうともここよりも魅力的な所は無ぇ。時期的にはそろそろだぜ。オレらで潰し合ってる場合じゃないっしょ?”


 認めたくないが『ファミリー』の情報網は警察よりも上だ。加えて奴に近い感覚を持つクロトが言うのだから近日には姿を見せるだろう。


「やれやれ……」


“捕まえたら『ファミリー』流で歓迎する。殺る前にとっつぁんにも連絡するぜ”


 緋野は自分のデスクに座る。ここ最近は外回りばかりだったのでデスワークが溜まっていた。しばらくはコレの処理をしなければ。


「失礼します、緋野警部」

「ん?」


 すると、敬礼しつつ挨拶をしてくる婦警が立っていた。


霧丘紫奈きりおかしいなと申します! 階級は警部補です。本日付けで、緋野警部の職務を手伝う様に言われました!」

「…………」






「ふー」


 署長は喫煙室で一服している所に、ガチャリ、と開けて緋野がやってきた。


「署長……」

「おや? 珍しいな、緋野君。君が警察署にいるとは」

「デスワークが必要なので帰ってきますよ。ですが……アレは何ですか?」

「アレ? アレとは?」

どぼけんでください。霧丘の事です」


 突如として現れた婦警の霧丘の事を言及する。


「彼女は警視庁のキャリア組だ。現場の経験が積みたいと本人が四季彩市の配属を希望したらしい」

「正気とは思えないな」


 四季彩市は警察界隈では異質な犯罪が起こる事で有名は市であり、市長は任期ではなく自殺で入れ替わる程にいわく付きの街だった。

 原因は不明だが“厄ネタ”が集まり発生する事が多く、数多の事件が常識を遥かに越える。

 悲惨な死体を見たり“厄ネタ”との接触で警官も犠牲になった事件ことも多々あり、四季彩市の警官の大半は昔から住み、街に慣れている者達で構成されている。と言うよりは、そう言う者たちが残ったのだ。

 その事からも国は特殊捜査課を設立する程に特別な対応が必要となる異質な街。

 そこへ進んで来るキャリア組など、四季彩市の事を何も知らない足手まとい以外には他ならない。


「君はよく動き回る。デスクワークを滞らせる動きは私としても看過出来ない」

「……ちゃんとやりますよ。だから霧丘は別の奴に付けてください」

「『ブラック』の件で君が先走った事は本庁も少し気にかけているらしくてね」

「普段、見てみぬフリの本庁が随分とクロトには眼をかけるんですね」

「そこは上の事情だろう。詳しくは知らんし、知る必要もない。だが、私個人としても君を一人には出来ないと思ってる」

「……足手まといですよ」

「今の君は足枷があるくらいで丁度いい。霧丘君に四季彩市の事を教えてやってくれ」

「断ったら?」

「悪いが地方に異動してもらう。君の行動は度が過ぎてる。今回の処置は私なりに君を考慮しての事だ」

「……はぁ。わかりましたよ」


 ほとぼりが冷めるまで大人しくしておく必要がありそうだ。


「それに霧丘君は本庁でも色々と扱いに困ってるそうだからな。今夜、飯でも行って話を聞いてみると良い」

「ただの厄介払いじゃねぇか」


 署長に対して思わず同期としての口調が出た緋野はそんな事を呟いた。

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アウトローと委員長 古朗伍 @furukawa

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