第17話 会いたい人がいるの
「レイ、今度はこっちにサインをしてくれ」
初老の老人――
「……こっちはなに?」
「資産の相続書だ。海外のモノは別の手続きが必要なものでな」
レイは少々うんざりしながらも、自分の事を思って父が動いてくれていると考えると無下には出来なかった。
一瞬、手が止まるものの“白亜零”とサインを済ませる。
「……これでいい?」
「ああ。これでお父さんの資産の相続人はお前になった」
前回、目覚めたその日に再び昏睡に入ってしまったレイの事を考慮し、タツキは即座に必要な手続きを済ませたのだ。
「よく帰ってきた」
「……ごめんなさい。親不孝な娘で」
「馬鹿を言うな。仕方の無い事だ。お父さんの方でも可能な限りお前の病気や体質に関しては調べている」
「何か分かった?」
「収穫は殆んどないが、必ず何とかする。だから、安心しなさい」
撫でてくれる父は昔と変わらない雰囲気と暖かさがあった。しかし、その手は自分とは違い順当な年月を重ねている。
「…………」
このままではいずれ一人になる。レイは後にやってくる孤独感を現時点で強く感じていた。
そんな気落ちする娘の様子を察したタツキは優しく提案する。
「レイ、何かやりたいことはあるかい? 何でもいい」
「私の事を見捨てないでくれてるだけで十分だよ」
「いいかい、レイ。お父さんにとって、お前やイチエ、ニコは世界に二人と居ない宝なんだ。見捨てるとか、他人行儀な言葉はお父さん傷つく」
「ごめんなさい……」
「遠慮すること無い。私たちは家族じゃないか。助け合うのは当たり前だ。何かやりたいことはあるかい?」
“人生を楽しく生きろよ、レイ”
“レイさんはとても優しい方ですね”
“あー、ボケ~、もー。レイー、面倒だからカップ麺にお湯淹れといて”
「…………4人だけ。会いたい人がいるの」
「そうか。なら、お父さんが頼んで連れてこよう。誰だい?」
「夜行黒斗さん、蒼井萌歌さん、黄瀬睦さん……」
“僕が彼女を殺したんだ……”
「橘……紅希さんに会いたい」
エスカレーターを上がりながらコウは、カリンの声に思わず振り向いた。見ると、アカネが知らない男に絡まれている。
普段なら見てみぬフリを決め込む。何せ、自分には関係ないし止める勇気もない。それに、彼女なら乗り切れるし誰かが助けに入るだろう。
でも、誰も助けてくれなかったら? 間に合わず、どこかに連れ込まれてしまったら?
大袈裟かもしれない。自意識過剰も良い所だ。そんな事が起こるハズが無――
“お父さん……? お母さん……? 美香?”
「……今回だけ。今回だけだ」
コウはエスカレーターを途中で下る。
「君は本当に素晴らしい! ついつい、この私がその手を取ってしまう事にね!」
一体何なんだ?
アカネはカリンと共に三階の服屋へ行こうとエレベーターに向かった矢先に、唐突に途中のベンチに座っている男に掴まれた。
男はサングラスをかけ5月だと言うのに厚手のコートを着ている。カラフルに染めた髪色に服装からも変人である事が分かった。
「ちょっと! 離してくださいまし!」
アカネを掴む手にカリンが齧りつくように引き剥がしにかかる。
すると、男はカリンを見て一度、パチンッ、と指を鳴らした。
「ふむ。ロリータガール、君も中々の逸材だ。年齢を聞いても?」
「レディに年齢を聞くなんて、紳士にあるまじき行為ですわ!」
「そうかい? なら、勝手に予測しよう。君は12もしくは13だね。となれば残念極まりない。君のボディラインはまさに平・坦! 将来性も皆無だろう。ジャパンのコンクリートロードの様にね」
「なっ!? ワタクシはまだ10歳ですわ! 胸も……これからですのよ!」
「おっと失礼した。しかし、私の見立てでは……可能性は薄い! 誠に……誠に残念だ!」
「わざわざ溜めて言わなくても結構ですわ! キィー!!」
本当に腕をガジガジし出すカリンを宥める様にアカネが手の平を向ける。
「すまないが、私は貴方に何も興味はない。寧ろ、知らない人間に掴まれ続けて不快なのだが?」
遠回しに、手を離せ、とアカネは視線と雰囲気で男に訴える。
「ハッハッハ。やはり私の目に狂いはない。自分でも恐ろしすぎるぐらいに君は適している」
「何の話だ?」
新手のスカウトか? アカネはそう思いつつ、男の派手な姿と言い争いに誰かが、人を呼ぶ様を期待していた。
「――――」
しかし、誰もこちらを見ていない。それどころか、注目さえもせずに通り過ぎていく。
現状を何とかしようとしているのはカリンだけだった。
「なんだ……これは」
「思ってるよりも人は自分の事を知らなさすぎる。価値と認識。見えているのに見えてない」
「何を……」
「簡単に言えばチャンネルが違うのだ。だが、回りの彼らを責めてはいけないよ。君は私に選ばれた素晴らしい逸材なのだからね。やはり、四季彩市は素材の宝庫だね!」
男はサングラスをズラして、アカネに裸眼を見せる。そこにあったのは一つの眼球に三つの瞳が入っている常人離れした瞳だった。
「良くも悪くも見えてしまってね。その中でも見えてはならぬものを私は世界に伝えたい! 身近にこんなモノがあるのですよ! と!」
サングラスを戻した男は高らかに笑う。
アカネの背に寒気が這う。それは男の眼を見たからでなく、その言動からだ。
「では行こう、逸材の少女よ。君は光栄だと思うと良い。私のアートになれるのだから」
無理やり引っ張る手に反抗しようとすると、異常なまでの握力と力に抵抗が出来ない。
男の異常性を察せないカリンは、はーなーしーなーさーいー! とその腕にかじりついているが、男は全く意にかえさない。連れていかれる――
アカネの心に恐怖の二文字が浮かんだ時、
「すみませーん!」
横から男に声がかかった。
「ぜぇ……ぜぇ……彼女……嫌がってませんか?」
そこには、上りのエスカレーターを全力でかけ下りたコウが肩で息をして、男と自分達を視認していた。
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