第16話 アカネの親戚

 松明。

 電気が主流となった現代では映画でしか見ない代物だ。

 それは旧時代の灯り。燃料があるかぎり燃え続けるソレは、己で自己完結する永久の光りだった。

 配線が切れれば、故障すれば光を失う電灯とは違って、誰かが火をつければずっと燃え続ける。

 『松明』はそれの殉教者だった。

 ヤツの求めたのは、ほんの足下を照らす光りだけ。だから狂っている。


 今考えて見ると、彼女との出会いは本当に運命だったのかもしれない。

 それは、幸運だったのか、それとも不幸な事だったのか……居なくなった・・・・・・今となっては神のみぞ知る事だ。

 ただ、一つ言えるのは……彼女達が僕の事に改めて気がついた・・・・・のはショッピングモールの事件が原因だったのだろう。

 昼間に『レッドアイ』が出てきたのはあの日が初めてだったから――






「やれやれ……喫煙も自由に外では吸えない時代だねぇ」


 ショッピングモールの屋上の喫煙所でクロトは煙草を吸っていた。

 この建物には『ファミリー』が出資した店舗が幾つかあるので、たまに様子を見に来ているのだ。


「人の入りも悪くない。売り上げも及第点か」


 クロトは困ってる者には手をさしのべるが、彼を頼って努力を怠る者には興味を無くして縁を切るのである。


「資金ももうじき目標内か……黄瀬のヤツに今後の計画書を作らせないとな」


 すると、スマホに着信が入る。相手は数ある情報屋の一人だった。


「おいすー、ダッチ。良いネタでも拾ったか?」

『クロ、お前からの依頼の報告だ。後、ふざけんな。『ジーニアス』が相手なんて聞いてねぇぞ』

「へぇ。マジか。アイツら本当にしつこいねぇ。あっはっは」


 笑いが止まらない。


『お前だけだよ、あのイカれたカルト集団に狙われて笑えるのは。確認出来るだけで数は10人』

「身元は?」

『『スペクター』って知ってるか?』

「知らね。日本男子なんでね」

『海外の傭兵チームだ。殲滅、拉致、撹乱。あらゆる暴力に手を染めてる。全員が元は特殊部隊あがりでナイフ一つでライオンを殺せる戦闘のプロだ』

「ほーほんほん」

『ソレが一昨日、日本に入国した。顔写真を送る。多分、もう近くに来てるぞ。遭遇したら気を付けろ。絶対に丸腰じゃないからな』

「あ、黄瀬にも送っといてくれ」


 クロトはスマホを切ると送られて来る顔写真を見る。そして、ある人物へ連絡した。


「黄瀬ちゃーん」

『……なんだ? ボケ』

「そっちに写真来ただろ?」

『……ああ。アタシの好みが一人もいないゴリラばっかだ』

「そいつら、多分、四季彩市に居るから。索敵してくれ」

『……理由を言え、ボケ』

「狙いはオレオレ。人気者なんだ。オレ」

『……人柱になってくれんの?』

「いんや。『ファミリー』に伝えてくれ。見つけ次第、オレに報告。桐生と神宮以外は手を出すなってな」

『……コイツらツエーの?』

「ダッチが言うには『スペクター』らしい」

『あー、国にも雇われる事のある傭兵チームか』

「やっぱり有名なのか?」

『……有名な“傭兵”には二種類いる。ただの“マヌケ”か“本物”のどっちかだ』

「じゃあマヌケのほうだな」


 クロトは笑う。


『おい、ボケ。このマヌケ共を差し向けられるって、海外そとで何したんだ?』

「『ジーニアス』に健康診断してもらってな。からの~逃走」

『お前もイカれてるな。ボケ』

「オレは天文学的に頭が良いぞ。今度、フラッシュ暗算で勝負すっか?」

『死ね』

「ハハハ」


 と、通話は切れた。


「奴らもしつこいねぇ。さーてと。何か食って帰るかな♪」


 クロトは煙草の火を消すといつもの調子でパフェを食べに下階へ降った。






 コウはショッピングモールのフロア通路で、ラフな格好のアカネと、彼女の連れる少女に遭遇していた。


「誰ですの! この男!」


 コウは初めての経験だった。

 いきなり初対面の女の子に、“この男”呼ばわりされるのは。


「カリン。彼は私のクラスメイトだ。そんな風に言うのは止めなさい」

「はっ! ごめんなさい! 茜お姉さま!」


 しかし、アカネの言葉は少女にとっては絶対的であるらしい。雰囲気的には、強制的と言うよりも敬愛に近い感情の声色である。


「挨拶して」

「わたくしは天月・E・花鈴と申しますわ。えっと――」

「橘です。橘紅希」


 丁寧に挨拶するカリンを良く見ると服装はそれなりに高価そうなワンピースを着ている。加えてミドルネームを持つ事からもハーフかクォーターである事を用意に察せた。


「よろしくお願いします、橘様。それで、茜お姉さまとはどのようなご関係なのですか? まさか、クラスメイトなのを良いことに堂々とお姉さまと同じ空気を吸ってらっしゃるので? 何と贅沢な! お金を払いなさい! お金を――」

「やめなさい」


 低い位置からコウに詰め寄るカリンに軽くチョップを食らわせてアカネは暴走を制する。


「あうっ」

「すまないな、橘。この子は親戚のカリン。遠縁なんだが、今こっちに来ていてな。少しの間、街を案内する事にしたんだ」

「そうなんだ」


 カリンの慕う様子に、天月の親戚関係は悪くないのだとコウは感じる。


「橘は何か買い物か?」

「まぁ……そんな所かな」


 目的も無しにブラつくだけだった。アカネと会うことは完全に想定外だったが、このショッピングモールは四季彩市の中でも、大きな名所の一つ。

 生活圏が近いなら遭遇する事もあるだろう。


「なら一緒に回らないか?」

「え?」

「えぇ!? お姉さま!?」


 意外な申し出にコウは立ち去るタイミングを逃してしまった。

 カリンはもっと驚きの声を上げている。


「やはり、女二人では些か不安でな。最近は色々と物騒だ。来てくれると助かるんだが」


 コウはチラっとカリンを見ると彼女は、断れ断れ断れ断れ、と目に文字が浮かぶほどの意思を訴えて来ていた。


「委員長には悪いけど僕は遠慮するよ」

「む、そうか」


 わきまえてますわね、とふふーん、と笑うカリンにコウも愛想笑いで返す。


「じゃあ明日学校で」

「ああ」


 そう言ってコウとアカネは別れて歩き出す。本来ならこの形が当たり前だ。それに――


“壊シタ方ガ楽ニナレルカナァ?”


「…………」


 怒りは常に湧く。

 故に必要以上に関わらないと言うのも学んだ事だ。困っているなら助けようと思うが、それ以上の感情は微塵もない無いと言う事を分かって貰わねばならない。


「……最悪だよ……僕は」


 こんな考えが浮かぶ自分に嫌悪する。しかし、ザワザワと燃え出す心の憤怒だけは絶対に無差別に向けてはならない。


“お前は青春をしていなさい”


「クロさん。僕には縁の無い話しです」


 コウはショッピングモールの二階にある本屋へ向かおうとエスカレーターに乗る。


「ちょっと! 離してくださいまし!」


 そんな声に振り返る。

 アカネとカリンが何やら男に絡まれていた。

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