第15話 私を一人にしないで……

「……そう……ですか。三年も」

「はい。白亜さん、貴女の病気は未だに謎の多い部分があります。しかし、当病院では誠心誠意、その解明に勤めておりますので」

「ありがとうございます」


 白亜零はくあれいが目覚めた。その報せにナース長を通じて医院長が即座に駆けつけ、世話係のナースとナース長の三人で対面している。


「お身体の調子はどうですか? 動かし難い部位や痛む所などは?」

「いえ……特には……」


 レイは少し元気がない。言葉にも覇気はなく、まるで落ち込んでいる様だった。


「今、ご家族の方にも連絡をいたしました。お父上は他県に居るようですが、弟さんと妹さんはすぐに――」

「姉さん!」

「お姉ちゃん!」


 と、話の途中にも関わらず病室の扉が開いた。そこから入ってきたのは中年の男女。外見はレイよりも一回りも二回りも歳上の二人であるが血縁上は紛れもなく弟と妹である。


一衛いちえ二小にこ……」


 医院長は家族が来たことにレイの表情が少しだけ安心した様子を見て席を立つ。


「何かありましたら直ぐにナースコールを。担当の者がすぐに駆けつけますので」

「光の速さで来ます!」


 担当のナースは鼻息荒く、そう言った。レイはそんな彼女に優しく微笑むと、はう!? とナースは心臓を撃ち抜かれる。

 ナース長はやれやれ、と額に手を当てて嘆息を吐くと白亜家を残し退室した。


「良かったよ姉さん。もう聞いたと思うけど三年も眠ってたんだ」

「ごめんね。迷惑をかけちゃって」

「そんな事ないよ。お父さんもお姉ちゃんの事心配してたし。お父さんはお姉ちゃんを遺産の相続人にしてるからね」

「そう……お父さんが。私の事は……もう放っておいて良いのに……」

「姉さん……冗談でもそんな事を言わないでくれ」

「……ごめん」


 姉の状況は家族と言っても理解しがたいモノだ。イチエとニコは少し考える時間をあげた方が良いと結論付ける。


「色々とセンチメンタルになってるみたいだから、俺たちは一旦引き上げるよ。父さんも今、向かってるからすぐに来ると思う」

「今度は色々と持ってくるよ。あ、お姉ちゃんにもスマホとかあった方が良いよね」

「すまほ?」

「携帯電話の事。小さなパソコンみたいなものだから。お姉ちゃんも良くお父さんのパソコン使ってたでしょ?」

「一太郎とか入ってる?」

「うわ、懐かし。もっと高性能なのが入ってるよ」

「眠り姫ってよりも浦島太郎だな……」

「眠り姫って?」

「姉さんの病院でのあだ名」


 イチエとニコから最低限の情報を受け取った。後日現代の必需品を持って来ると二人は病室を後にする。


「…………三年。私は……」


 一人になったレイはある事を思い至り、ナースコールを押す。すると、一秒と掛からずに担当のナースが滑ってきた。


「はい! お呼ばれしました! なんでしょうか! 姫!」


 そのリアクションに思わず、ふふ、と笑う。その仕草にナースは再び、はうっ! となる。


「ナースさん。教えて欲しい事があるんだけど」

「なんでしょうか!」

「眠ってる私に面会に来た人は誰がいるかしら?」

「少々お待ちを!」


 ナースは一秒で消えると、二秒には面会記録のボードを片手に持って現れる。


「お父上と弟さん妹さんが、月に一回は各々で来ています」

「……家族以外で誰が来てたりする?」

「えーっと……夜行黒斗って人も一回来てますね。記録ではお父上の知り合いとかで。病院の方で確認も取れてますので不審者ではありませんよ」


 夜行黒斗。その名前にレイは驚いた様に眼を見開く。


「じゃ、じゃあ! 蒼井萌歌さんや黄瀬睦さん……橘紅希さんは来てたりしますか!?」

「え? その三人は……記録にないですね」

「そう……ですか」


 レイは明らかに気落ちする。ナースは慌ててフォローしようとするも、何て言えば良いのかわからない。


「ナースさん、ありがとうございます。後は父に聞いてみます」


 笑顔でそう言うとナースは、いつでも呼んでくだひゃい! と退室していった。


「……コウキさん。私を一人にしないで……」


 誰にも言えない心の内を隠すように顔を覆うと、絞り出す様にレイは呟いた。






 コウは四季彩市の大型ショッピングモールの一階広場のベンチに座ってアイスを食べ終わると、次の行動を考えていた。


 ショッピングモールは縦長で6階層に分かれる巨大な鉄筋コンクリートである。

 隣に駐車場専用の建物もあり、四季彩市でも電波塔に次いで高く、屋上からは市内を一望出来るだろう。


「うーん……」


 叔母からは、遊んでおいで、と言われたので取りあえずショッピングモールに来たのだが、特に目的もないと本当に動く意欲が湧かない。


「友達……居ないしなぁ」


 前に住んでいた所はここから相当に離れている為、良く関わっていた友達は誰も居ない。


「……いや……多分避けられてるよね」


 家族の葬式の時に暴れた様子を参列してくれた友達は見ている。危険な奴だとレッテルを張られているだろう。会わない方が良い。


「むーむ……」


 近くの壁に張られたモールの店舗見取図を見ながら、本屋に行って叔母に料理本でも買って帰ろうか思っていると、


「橘?」

「委員長?」


 背に声をかけられて、振り向くと私服姿のアカネが居た。


「アカネお姉様。誰ですの? この男!」


 その傍らにはアカネにしがみつき、コウを指差す少女が居た。






 暗い……暗い……もっと灯りが……灯りが必要だ……


 この日、四季彩市には巨大な『松明』が吹き上がる。

 後に厄ネタの『松明』が戻ってきたと世間は認識し、日本史に残る程の未曾有の大事件となる。

 その火種は、ショッピングモールだった。

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