Lunar rainbowー猫の手を借りた結果ー

MACK

* * *


 やられた。

 

 机に突っ伏しながら独りちる。


 やり手の経営者となった祖母。夫を亡くしてから奮起し、一人暮らしをしながらパワフルに働き始めた彼女。

 多忙を極めた結果か、私に声がかかって。


 彼女の家事代行サービスの運営会社の共同経営者を任されたのが、去年の話。――仕事で多忙なあなたに代わって家事をします――、というのが売り文句。

 はじめてみたらそりゃあもう目の回るような忙しさ。会社を興してから一度も、祖母が休みが取れなかったのも当然だと納得した次第。


 一緒にやりはじめて半年ほどで、私一人に任せても大丈夫と判断した祖母は初めての長期休暇を取って、人生のご褒美にと百四十日で世界一周という豪華客船の旅に出かけた。


 忙しさを緩和するために呼ばれた猫の手だという自覚があったから、きちんと役立つ事をアピールしたいと、祖母の留守中にもっと会社を盛り上げるべくスタッフを次々と雇い入れて、「猫の手を借りたいのはこっちだっつーの!」というぼやきが出る程に更に忙しくなった。

 

 忙しさのあまり、焼きが回ったのかもしれない。本当に手が足りなくて、つい無職だった同じ年の従姉妹いとこを頼ってしまったのだ。ぐーたらの役立たずでも、スタッフやお客に茶の一杯ぐらいは淹れられるだろうと。冷静になれば絶対に声をかけたりしないのだけど、その時は本当に切羽詰まっていて。


 仕事でいっぱいになってすっかり忘れてたのだけどあの子、人の物を盗る才能に長けてた。クラスメイトからのプレゼントも、高校の時の彼氏も、社会人になってからの婚約者も、気づいたら従姉妹いとこのものになっているっていう。

 まさかノウハウも、顧客も、スタッフも全部持っていかれるとはね!


 ほんとやられたわ……。

 

 従姉妹いとこの経営する「キャット・ポウ」は即大繁盛。反面こちらは閑古鳥。スタッフもいないから、依頼があれば私自身が出なければならない。

 広いフロアには使用者のいない空っぽな机が寒々しく並び、うっすらと埃を積もらせ始めていた。


 「雇ってあげようか?」だなんて、盗人猛々しいとはまさにこのこと。ふざけんな! と叫んで、電話を叩き切ったのが数分前の出来事である。凄腕女性経営者特集だとかで、経済紙にインタビューされたという自慢の電話でコレ。

 どうせ維持する才能はないから、すぐに潰れると思いたかったけど、今や従姉妹いとこの婚約者になった私の元彼は経営学部主席卒業。なんだかんだとうまくやってしまうのだろう。

 

 リアルで「この泥棒猫!」と叫ぶ日が来ようとは……。彼氏を寝取られた時だって出なかったのに。


 祖母にも顔向けが出来ない。信頼して任せてくれたのに。今夜、旅行を終えて帰って来るが、この惨状をどう説明したらいいのかわからなかった。泣きたい。


 誰もいない空っぽの事務所で、冷え切ったコーヒーをすすりながら、言葉を探してぐるりぐるりと逡巡する脳みそを慰めながら、時間がゆっくりと過ぎて行くのをぼんやりと見ているしかなかった。



* * *



 時計の秒針の音だけが響く室内に、ガチャリと勢いよく扉が開く音が木霊して、思わず体を跳ね上げる。

 

「あらあらまあ! どうしたこと」

「おばあちゃん」


 明るく陽気な祖母が扉をあけて、事務所の散々たる状況を見て目を剥いていた。手には夜遅くまで事務所に詰めているスタッフをおもんばかってであろう、お土産の菓子類を大量に持ちながら。

 電話でもチャットでも、現状を伝える事ができていなかった。楽しい旅行に水を差したくなかったし、こういう事は面と向かって言わなきゃと言い訳をしながら、話にくい事を先延ばしにしてしまったのだ。祖母の手の中のお土産を見て、申し訳なさのメーターが限界を突破してしまった。


「ごめんなさい、おばあちゃん、あたし……やらかしてしまった」


 涙があふれてえぐえぐとしゃくりあげて、後はもう言葉にならなかった。祖母は空いた机の上にドサリとお土産たちを置くと、私の横に来て背中をさすってくれる。

 落ち着くのを待ってから、優しく促され、留守中の出来事をなんとか伝えきった。


「あらあらあの子は本当、相変わらずねえ。してやられるあなたも相変わらずだけども」


 祖母の苦笑に、頷くしかない。毎回同じパターンなのだから、祖母も呆れただろう。従姉妹いとこは明るくて憎めなくて人好きする性格。本当に太陽のような子。なんだかんだと私自身もほだされて、甘くしてしまったりと魅了されがちだ。

 反面自分は真面目だけが取り柄の、地味な性格。できれば裏方に徹したいタイプだから、暗いと思われがち。実際、暗いのかもだけど。


「落ち込まないで。もう一度二人でやり直しましょう。以前より会社を大きくして、何だっけ、ええとそうそう、ってやつをしなきゃね」

「ざまぁ……?」

「船の旅って退屈だったのよー、たくさん軽めの小説を読んでたら、結構人気ジャンルみたいでねえ。そういうのやってみたくなったから丁度良いかもだわ」

「おばあちゃんの大事な会社を、こんなにしてごめんなさい」


 月明かりだけのような薄暗い部屋で、めそめそと涙の雨を降らせ続ける。そんな私を見ても、祖母は柔和に微笑みつつ優しく語る。


「おばあちゃんは一人で働くのがつまらなくなって、を借りたくなったの。忙しいからって誰でも良かったわけじゃなく、真面目で地道に頑張るあなたが気に入って誘ったのよ」


 だからこれからも一緒にやってちょうだい。それがおばあちゃんが一番望んでいる事ですからね。と。


 私の心に、虹がかかる。


 そして翌日から、私は祖母の言うを実現すべく、従姉妹いとこに反旗を翻す。窮鼠猫を嚙むっていうの、見せてやろうじゃありませんか。


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