魔女にも分かる!! 慣用句入門

宇目埜めう

1

春華はるかはサ、ときどきボーっとしたことを言うヨネ」


 メルちゃんは、唐突に言った。メルちゃんは、いつだって唐突だ。そこがカワイイところでもある。

 私がボーっとしているなんて、今に始まったことじゃない。私は私なりにしゃきしゃき生きているつもりなのに、周りが勝手にボーっとしいると思うらしい。表情に乏しいかららしいけれど、自分ではよく分からない。

 悔しくはないし、強く否定しようとも思わない。ただ、自己評価と周りの評価は違うんだなぁと、そう思うだけだ。


「あのネェ……。キミ。今、なんて言った?」


「えぇっと……。猫の手も借りたいくらい──、と」


「それだヨ。そ・れ!! ボクはサルだって、何度言えば分かるんだい?」


「私は、メルちゃんが手伝ってくれるなら、手伝ってほしいなって思っただけで……」


 真っ白な毛に包まれたわんちゃんみたいな見た目をしたおサルさんは、頬を膨らませてプンスカ怒っている。本当のところは怒ってはいないと思うけれど、怒っていると思って見ると、カワイイから怒っていることでいいや。

 ──うん。カワイイ。毛はフサフサで、耳は垂れている。茶色いおめめはクリンクリン。さらに人の言葉を話すんだから、もう非の打ち所がないよね。あぁ……カワイイ……。


「──聞いているのかい? 要するに、このボクを猫と勘違いしたんだろう? キミとはしばらく一緒に暮らしているのに、それはあんまりだヨ」


 ハッと我に返る。うん。たしかにボーっとしていると言われてもしょうがないのかもしれない。


 メルちゃんは、勘違いをしている。私はただ、掃除をしていただけ。そしたらメルちゃんが「忙しそうだネ。ボクが手伝ってあげようカ?」なんて言うものだから「うん。猫の手も借りたいくらいだよ」と応えただけなのに。

 第一、掃除が大変になっているのは、メルちゃんがチョコレートの包み紙をそこらじゅうに捨ててしまうからだ。ふわふわの毛だって落ちるし。でも、カワイイから許しちゃう。


「だいたいキミたちは、魔女であるボクへの敬意が欠けているヨ。──うんうん。あまり魔法を使わないようにしているからネ。忘れてしまうのも無理はない。イイだろう。そんなに『猫の手を借りたい』と言うのなら、望み通り貸してあげるヨ」


 メルちゃんは一人で納得すると、何もないところにまんまるの手をかざす。


 その姿がまたカワイイ。猫ちゃんの手とは確かに違う。メルちゃんの手には、それほど柔らかくはない、けれど、ピンクで適度に弾力のある肉球が並んでいる。あぁ~、モニモニしたい。

 メルちゃんが手をかざした先には、薄くモヤのような光が集まり出していた。けれど、そんなことよりカワイイメルちゃんを見ていたい。モフモフでカワイイメルちゃん。

 抱きつくと嫌がるから、なかなかモフモフ出来ないけれど、魔法に集中している今なら──、と思ったとき、薄いモヤのような光の方から「にゃおん」と猫の鳴き声がした。反射的にそちらを見ると、メルちゃんに負けず劣らずモフモフでカワイイ猫ちゃんがいた。


「ふぅ。どうだい? 借りたいと言っていた猫の手だヨ。さぁ、思う存分に使ってくれヨ」


 使ってくれと言われても。可愛がる以外に何も思いつかないよ。ひとまず抱き上げてみると、猫ちゃんは身をよじって私の腕の中から飛び出していった。


「すばしっこいネ。ふふふふふッ。春華は猫の手を借りられるのカナ」


 メルちゃんは何がおかしいのか、不敵に笑った。

 笑った姿もやっぱりカワイイ。この際すぐに捕まえられそうなメルちゃんに抱き着こうかと思ったとき、ガサッと大きな音がした。遅れて、「にゃ~お」という猫ちゃんの声がする。

 軽やかに動き回った猫ちゃんが、積み上がった書籍を崩す音。猫ちゃんは、それに驚いてさらに動き回る。猫ちゃんは、いたるところで物を壊したり、乗っているものを落としたり、集めていたものを散らかしたり──、散々荒らしまわってようやく事務所内で一番座り心地のいい先生の椅子の上に居場所を見つけた。


「すごいネ。ボクはあんなにガサツに動き回らないヨ。どうだい? これでボクが猫だなんて二度と思わないだろう?」


 メルちゃんは、猫ちゃんが荒らしまわった事務所内をひとしきり見回すと、得意げに言った。最初から猫ちゃんと間違えてなんかいないのに。


「掃除が大変になっちゃった」


 私が言うとメルちゃんは、「そんなのは知らないヨ」と言った。


「キミが猫の手を借りたいと言ったんだろう? お望み通り借りられたんじゃないのかい?」


「う~ん……。ねぇ、メルちゃん」


「なんだい?」


「あの猫ちゃんは、どうなるの? 魔法で呼び出したんでしょ? すぐに返しちゃうの?」


「どっちでもいいヨ。好きにしたらいいサ。キミが納得いくまで猫の手を借りるのもありじゃないカナ」


 メルちゃんは、猫ちゃん自体にはさほど興味はなさそうだった。本当は猫ちゃんの手じゃなくて、メルちゃんの手を借りたかったのだけど……。でも、結局、もっと大変なことになっちゃた。

 私が仕方なく掃除に取り掛かると、メルちゃんは、ふわふわと浮かんだままチョコレートをほおばっている。猫ちゃんは先生の椅子の上でお昼寝みたい。


 う~ん……カワイイから、いいかな。


 猫ちゃんとメルちゃんの手を借りるって、よく考えたらすっごく贅沢。


 そのあとしばらくして、先生が帰ってきた。帰ってくるなり事務所の荒れようと特等席でお昼寝している猫ちゃんを見て、目を丸くしていたけれど、事情を聴いて納得したみたいだった。


「メル。『猫の手を借りたい』ってのは、なにも本当に猫の手が必要っていう意味じゃないんだよ。猫の手も借りたいぐらい忙しいって意味の慣用句、一種の比喩みたいなもんだ。鵜呑みにするなよ」


 そして、先生は呆れながらメルちゃんに説明をする。

 メルちゃんは聞いているのかいないのか、ふわふわ漂いながら曖昧にうなずいていた。

 先生は、さらに呆れているけれど、そんなメルちゃんもやっぱりカワイイ!!



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魔女にも分かる!! 慣用句入門 宇目埜めう @male_fat

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