私だけのヒーローじゃなくても

笛吹ヒサコ

私だけのヒーローじゃなくても

「あなたは、わたしだけのヒーローだからね」

「ボクはきみだけのヒーローだよ!」

「やくそくよ」

「うん」

「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのぉます、ゆびきった!!」」




 ピンチです。

 それも、一生に一度あるかないかの――あ、嘘です。生まれて早一八年、もう何度も経験しています、はい。でも、一生に一度でも経験する人のほうが圧倒的に少ないし、そこそこ窮地のは事実ですし……。


 手短に現状を表すなら、身代金目的に誘拐されました。はい。あー、めんどくさい。

 これが、金持ちの家に生まれた者の宿命というやつでしょうか。初めての誘拐は生後三ヶ月で、もちろん記憶にありませんが、どうも私は狙いやすいようでして、度々こうして誘拐されます。

 後手に結束バンドで縛られるのも、腰を縄で椅子にくくりつけられるのも、粘着テープで口を覆われるのも、アイマスクで視界を塞がれるのも、言いたくないけど慣れました。


「大人しくしていれば、ちゃんとパパとママのところに帰してあげるからねぇ……おい、連絡はまだつかないのか」

「すっ、すみません!!」

「早くしろ、なにモタモタしてんだよ」

「だって、電話が……」


 やれやれ、なぜ誘拐犯の会話というものはお約束というか、お決まり通りなのでしょうか。聞き飽きましたわ、そのパターン。

 そもそも、私が五歳のときに両親は飛行機事故で死んでおります。それに、どこに電話しているんでしょう。まさか、会社の代表番号じゃあないでしょうね。

 はぁ、それにしても、遅い。彼は、なにをモタモタしているんでしょう。


「だいたい、アニキが言い出したんでしょ」

「俺のせいだってのか!!」

「そうだよ!! 俺は嫌だったんだから……」

「なんだと? お前もノリノリだったじゃねぇか」


 誘拐犯の低レベルな言い争いお約束なんて、聞きたくもない。


「誘拐しちまったんだから、後に引けないだろ!!」

「わかってるよ、でも――フギャ」

「ギャ」


 ドサ、ドサと、立て続けに人が倒れる音がして、やっと静かになった。


「もう、大丈夫だ」


 そう言って、アイマスクを外してくれたのは、待ちに待った幼なじみの彼。次に、痛みがないように丁寧に粘着テープを剥がしてくれる。


「遅い!!」


 真っ先にそう言うと、彼はしょんぼりと肩を落とす。


「しかたないだろ、エイリアンが侵略してきたんだから」

「はいはい、そうですね。アースラバーズの一員ですもんね」


 もう、私だけのヒーローじゃないことくらい、わかっている。地球を守るスーパーヒーロー集団にスカウトされたときは、私が躊躇する彼の背中を押した。私だけのヒーローが、全世界に認められるのは、やっぱり嬉しかったもの。

 でも、たまに後悔する。


「さて、遅くなった罰として、針千本飲みなさい」

「無事だったんだから、いいじゃん」

「よくない!!」

「えーーーーーー!!」


 異能力者の彼にしてみれば、針千本飲んだところで、どうってことはない。それで、許してあげる私は、なんて優しいのかしら。


 私だけのヒーローじゃなくなっても、私を最優先して欲しい。そう思うのは、本当にわがままなことかしら。

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