猫の手

koumoto

猫の手

 たかしくんは、夏でもいつも長袖長ズボン。持病があるとかで、体育の授業はいつも見学。物静かな子で、騒いだりしているのを見たことがない。そして、テストはいつも満点。頭がいいのだ。

 ぼくは、どうやったらそんなに勉強ができるのかと訊いてみた。隣の席のよしみで教えてくれよと頼み込んだ。ぼくは頭が悪いのだ。きっと落ちこぼれなのだ。だから、たかしくんが羨ましかった。テストで満点をとりたかった。

「しょうがないな。じゃあきみだけに、秘密を教えてあげるよ」

 そう言って、たかしくんは筆箱から棒のようなものを取り出した。よく見ると棒ではなかった。動物の……前足?

「なにそれ?」

「猫の手だよ。僕のお守り。お父さんにもらったんだ。動物愛護センターの裏手のゴミ箱に捨てられてたんだって。殺処分された猫の手だよ。これを持っているだけで、満たされた気持ちになれるんだ。僕を守ってくれている。テストで満点とれるのも、これのおかげなんだ」

 ぼくの頭が悪いからだろうか。なんだかすごくうさんくさく聞こえた。ゴミ箱にそんなものあるだろうか? 動物愛護センターってなに? たかしくんはぼくを騙そうとしているんじゃないだろうか。でも、もしかしてそれを持っていたら、ぼくでも満点をとれるのかな。

「たかしくん、その猫の手、今度のテストのとき貸してくれない? ぼく、どうしても満点がとりたいんだよ」

「しょうがないな。きみだけだよ。きみは、僕と同じだからね」

 頭の悪いぼくとたかしくんのどこが同じなのかさっぱりわからなかったけど、とにかく貸してもらえるらしい。ラッキーだ。これで、少しでもテストが出来るようになってたらいいな。

 次のテストのとき、ぼくはたかしくんから借りた猫の手を筆箱にしのばせていた。肉球のぷにぷにした感触は、たしかになんだか勇気をもらえる気がした。いつもより、頭が冴えている気がする。テストなんて、へっちゃらな気がする。ありがとう、猫の手。ありがとう、たかしくん。でも、たかしくんはその日、学校を休んでいた。昨日、猫の手を貸してくれたときは、元気そうだったのに。どうしたんだろう。

 次の日もたかしくんは学校を休んだ。次の日もたかしくんは学校に来なかった。ぼくは猫の手を返せないままだった。肉球を触りながら、なんだか変な気分だった。

 ぼくはたかしくんの家に行ってみた。といっても、実はどこなのかよく知らない。あっちの方向のあの辺りのマンション、というひどく大雑把なことしか知らなかったので、考えなしにその辺をぶらぶらしてみた。やっぱり自分は頭が悪いのだろう。どこだかわからず、迷うばかりだった。

 でも、日が暮れてきた頃に、運良くたかしくんと会うことが出来た。これも猫の手のおかげだろうか?

 人の見当たらない公園のベンチに、たかしくんはひとりで座っていた。いつもの長袖長ズボン。見つけた嬉しさでぼくはベンチに駆け寄った。

 近くで見ると、たかしくんの顔には痣があった。右目の周りに、殴られたような跡があった。

「……たかしくん」

「ああ、きみか。どうしたの?」

「えっと……猫の手、返そうと思って」

「ああ、あれか。もう、いいんだよ。きみにあげるよ。僕はもう、いらない。僕はいらない。いらない」

「……どうかしたの?」

「ううん。なんでもないよ。きっと、これでよかったんだ」

 どう見てもなにもよくなさそうだったが、なにがよくないのかはよくわからなかった。

「……じゃあ、また学校でね」

 なにか言おうとしたけど、不思議となにも言えなくなって、ぼくはかろうじてそれだけ言い残して、その場をあとにした。

 たかしくんはなにも言わなかった。


 たかしくんは、もう学校に来なかった。そのまま引っ越していなくなった。猫の手は返しそびれた。テストの結果は散々だった。頭の悪いぼくは、いまだにすべてがよくわからない。

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