derkness(ダークネス)

喜多川 龍宝

第1話 深層心理

 人は日常生活を送る中で、どれほど相手に気を遣って過ごしているのか? 例えば、タイプ的に苦手で話すのも嫌な相手だが、会社勤めの人なら嫌々ながらコミュニケーションをとらなければならない。

 何と無駄なことをしているのだろう。相手が嫌なら嫌で話さなければいいだけの話ではないか? そこまで割り切れる人は少数だ。大抵の人はストレスを感じながらも、会社だけの人間関係だと、諦めてその相手と関わっている。

 現代で精神疾患を患ってしまう人が多いのも、周りの環境がストレスに満ち溢れているからだ。特に趣味もない人は日常をただ漫然と過ごし、どこか奴隷のように会社へ行き働く。これで生きていると言えるのだろうか? これでは死んでいるのも同じではないのか? 

 男は日々人の心について考えている。なぜ考えるのか? 趣味? いや違う。考えることが仕事なのだ。人の心の動きを観察し、どうすれば心が動くのか手に取るように把握している。敵に回したとき、一番いやな相手だと自分で思う。

(待てよ?信頼している相手から裏切られた場合はどう行動するのか、知りたい)

 信頼している相手から裏切られる。まさに天国から地獄の気分を味わうことになる。この場合、人を信用できなくなることが多い。つまりは人間不信。こうなってしまえば、心を閉ざしてしまう人が大半である。

(誰をターゲットにするべきなのか? より関係が深い人物だと面白い)

 関係が深くなればなるほど、相手に心を許す。ターゲットにするべきなのは、長年積み重ねてきた信頼性の深さ。

 目星をつけていこう。男はチェックリストを作り始めた。リストはどうやって作っていくのか? 現代社会には便利なツールが存在している。SNS は情報収集にはうってつけのツールである。頻繁に近況をアップしている人物をピックアップしていく。

 調べていくと、俗にいうリア充が溢れている。

(リア充ねぇ、今から誰がどん底に落ちるのかな?)

 獲物を物色する感覚は、背中がぞくぞくしてくる。独特の高揚感が起きてくる。表情もニヤッとしているのが分かる。狩りをするとこのような気分になるのかもしれない。室内で過ごすことが大半の自分には、味わうことがなかった。

(さてさて。この女はどうだ?)

 目星を付けたのは、いかにも楽しそうな写真をアップしているOL。ただ、よくSNSにアップしていることから察するに、満たされない思いを抱えている一人ではないかと思える。人は承認欲求を満たしたいと考えるものだ。認められたいと思うから、相対的に露出度は上がる。

(特に仲が良さそうなのは、いつも一緒にいるこの女か)

 どこか作ったような笑顔をしている対象の女に比べて、もう一人はなんの迷いもない屈託のない笑顔をしていた。これはいい。

(よし、この女がターゲットだ。さて、どうしてくれようか?)

 楽しみで仕方がない。この相手の女が仕組んだことにするために、上手く仕組まなければならない。まずは身辺調査に1か月、対象の女をマークするのに1か月、犯人役の女の調査に1か月の計3か月を費やそうとプランを組み立てた。

(お前たちの関係はあと3か月で終幕だ)

 SNSで笑顔を浮かべる、亜理紗と加奈へスマホの画面越しに呟いた。


 私は何がしたいのか。ふと、物思いに耽ると考えてしまう。毎日を楽しく過ごせればいい、日々を充実させていればいずれ答えは見つかる。そう考えてここ数年を過ごしてきたが、どうも心の隙間は埋まらない。

(それに比べたら)

 大学からの親友で、同い年の加奈は本当に悩みなんて無縁といった感じだ。明るく、誰とでもすぐに打ち解ける。やりたいことがあればすぐに始め、亜理紗も巻き込まれることがしばしばある。巻き込まれたとしても、その場は楽しい。でも。

「香川さん、この書類数値が間違ってるよ。うわの空で仕事されたら困るんだよね、頼むよほんと」

「すいません、すぐにやり直します」

 部長の植松からは毎回嫌味を言われる。ミスはミスだが、言い方があるだろう。

「香川さん、部長に目を付けられていますね。気をつけた方がいいですよ、部署移動の噂もあります。ま、部長にそこまでの力はなさそうだけど」

「出版社で左遷なんてされたら、転職先を探すしかないかも」

 亜理紗を心配して、毎度土橋健(たける)は話しかけてきてくれる。

「そんなこともないさ、今や出版不況で左遷と言っても、今の営業以下の部門は出版社にはないんじゃない?」

 デスクに戻ってすぐにこんな話をしていたら、また部長の目に付いてしまう。

「土橋さん、そろそろ仕事しましょう」

「また部長から嫌味言われるからね」

 土橋は笑いながら自分のデスクへ戻っていった。軽く見える外見と、チャラそうな話し方をしているが、気を遣って亜理紗に毎回話しかけてきてくれているのだ。好意を持たれているのかな、とも思う。

 その日の業務を終えて、亜理紗は退社した。今日は週初めの月曜日だったので、長く感じた。

(加奈は仕事終わったかな?)

 SNSはチェックされていないので、まだ終わっていないのかもしれない。さて、これからどうするか。亜理紗はこれといった予定もないので、オフィス街をフラフラと歩いている。

 とは言ってもこの文京区護国寺周辺は、出版社とお茶の水大学などの教育施設が多い。これと言って見るべきところはない。

(住みやすい街ではあるんだけど、ね)

 刺激は足りない。ただ、落ち着いた雰囲気の街並みが気に入っている。今日は黙って帰ろう。亜理紗は自宅へと足を向けた。


 

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derkness(ダークネス) 喜多川 龍宝 @naokiti9563

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