幕間・彼女の名前は
わたしの昔。
海の近くの街。
カモメが飛んでいく姿を、わたしは友達と二人で眺めて話すことが日課。
小さな、町外れの孤児院で。
「ねえ、知ってる?この国には王子様がいるんだって」
「おうじさまって、なに?」
そう訊ねれば、隣の彼女は楽しそうに教えてくれた。
この国で一番偉い、王様の子供の事なんだよ、と。
「ふうん、そっか」
「ええっ!?反応それだけ?」
わたしの反応が思ってたよりも薄かったのだろう。王子様はスゴイんだよ!と顔を輝かせながら話している。
わたし達の知らない素敵なものを見て、美味しいものを食べて、たくさんの欲しいものを手にすることが出来るのだと。
「……先生がね、言ってたんだ」
彼女は花壇に駆け寄っていく。
そこにはまだ蕾を付けたばかりの植物がある。
春に孤児院のみんなで種まきをして、大事に育てていた。けれど、このところ暑さが続いていて、萎れていたのだ。
彼女が萎れていた植物へと手を伸ばす。かざした掌から淡い光が生まれると、萎れていた植物へと吸い込まれていった。
すると、植物はみるみるうちに瑞々しい緑色を取り戻していった。葉や蕾も、こころなしかしゃんと立っているような気がする。
「この力って、とても珍しいんだって。王宮にいったら、もっといい生活が出来るかも……」
夢見る彼女の肩を、思わず掴んだ。
「…まさか、王都に行っちゃうの?」
「行かないよ。だってわたしね、王都に行く時はアンナと一緒に行きたい」
「………」
かもめが一羽、飛んでいく。
彼女は馬鹿が付くほどの素直な人。嘘じゃないだろう。
けれど、わたしはこのとき思った。
わたしにも、その力があれば。
………………
………。
黒いローブに、フードを深く被った人物がコツコツと靴を鳴らして歩いていた。その足が、ぴたりと止まる。
目的の場所に辿り着いたのだ。
手には、小さな鍵が握られている。
「………」
辺りに人の気配はない。
暗がりに時折差し込む明かりに、少し息を飲む。
明かりの先に照らされているのは、物々しい鎖の錠前が掛けられた、頑丈な装丁の本だ。
「これが……世界樹の種の欠片が封じられた聖書」
フードの人物は、ふふっと笑いを零す。
世界樹の種には、とてつもない力が込められている。何せその昔、この世界に降り立った女神が姿を変えたものと言い伝えられているのだから。
世界樹はマナを生み出す不思議な樹木。その場所は聖域と呼ばれており、一般的には隠されている。入れるのはごくわずかな人間のみ。
その世界樹が生み出した種、中身は高密度の魔素の塊であり、素人には扱いが難しい。
そのため、とある魔術師と賢者、神に力を借りて幾つかに分けられた後、各地に保管されている。
欠片といえど、扱いは厳重だった。
「ふ、ふふっ。……欠片を集めて、種の力を手にして……」
種の力があれば、世界を変える事が出来る。フードの人物はこれからの事を空想して、ほくそ笑む。
迷いなく、錠前の差し込みに鍵を差し込み、くるりと回す。すると鎖が外れ、光の塵に還っていった。
本はその場に浮かび上がり、ひとりでに光り出した。
「聞きなさい。わたしはマリアンヌ・アンジェラ・ロベルタ。わたしに力を貸して、世界樹の種の欠片!」
『……随分と、傲慢な』
不意に低い男性の声が、こだました。
ごーん、ごーん、ごーん
と何処からともなく鐘が鳴る。
本の発する光に呼応して現れたのは、金色に光る少女だった。人形のように整った顔で、フードの人物を
「あなた……んふふ、随分とむかつく顔をしているのね」
現れた少女は、その姿からは似つかわしくない低い男性の声を発する。
『…貴様がその名を騙るな、偽者』
その瞬間。
マリアンヌと名乗ったフードの人物の体が、ぴたりと動きを止める。
「………………は?」
目深に被ったフードから見えかくれする、緑色の光が現れた少女を見据える。
目を吊り上げて、顔を激しく崩した表情は、化けた魔物が正体を表したかのようだ。
「アンは、あの子の代わりに使ってあげてるだけ!ごちゃごちゃうるせぇわ。
さっさと欠片を寄越せよ、世界樹の精霊風情が。アンの邪魔をするな!」
『貴様、混沌魔法を……!』
どろりと、フードの影から闇色の何かが瞬いた。それは線となって光り続けている本へと伸ばされる。
現れた少女は振り払うように光を飛ばし……
一帯に、光の奔流が生まれた。
入れ替わり令嬢は引きこもり生活がしたい 相生 碧 @crystalspring
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