替え玉直訴
梶野カメムシ
替え玉直訴
「店長、どういうことですか。
替え玉ならバレないと思ったんですか?」
カウンター越しにそう問われ、店長はマスクの下で渋面になった。
小さなラーメン屋だが、客は多い。その大半が、二人のやりとりに熱い視線を向けている。詰問者は客の代表だった。
「確かに、この店の替え玉はもともと安い。
値上げしても、他店と同じくらいの値段です。
ですが店長。前にブログで語っていましたよね。
九州で替え玉が生まれた理由は、細麵は食べてる間に伸びやすいから。
それで本来の量を小出しにして、追加で補うスタイルになった。
つまり、替え玉はサービスじゃなく、店の義務だ。
そう考えて、この店の替え玉は、ずっと格安にしてるって」
大勢の客が、真剣な顔でうなずく。
「最近は小麦も高くて、商売が厳しいことくらい、素人でもわかります。
だけど、ラーメンの味だけじゃない。
そういう店長のこだわりが好きで、オレらこの店に通ってたんです。
経営が苦しいなら、オレらもっと食べに来ますから。
だから、替え玉の値上げは考え直してもらえませんか?」
店長は黙したまま、被った帽子のつばを下げ、背を向けた。
脂のように重い失意が、店内に満ちていく。その時だった。
店長の手がマジックを取り、壁の品書きを書き換えたのだ。
逆転勝訴の熱狂が、小さな店を震わせた。
閉店の後、帽子とマスクを取った店長は、ため息をつく。
今日はあぶないところだった。替え玉の違いに、こうも早く気付かれるとは。
闇金の借金が原因で、本物の店長が夜逃げしたのは、先日のことだ。
同じく借金を抱えた、元ラーメン屋の自分は、急遽、店長に据えられた。
連中いわく、背格好が近いので帽子とマスクで見た目はごまかせる。本物は
長く騙せるとはとても思えないが、名店の看板を使えるだけ使って、少しでも借金を取り戻したいのだろう。
残されたレシピを元に味こそ似せられたが、値段をいじったのは失敗だった。
こっちの替え玉には、気付いてくれるなよ。
もう一度ため息をつくと、閉めの作業に取り掛かった。
おわり
替え玉直訴 梶野カメムシ @kamemushi_kazino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます