ヒーローを探して

にゃべ♪

記憶の中のヒーロー

 私はヒーローを探している。きっとこの街のどこかにいるはずなんだ。幼い頃、ヒーローは私を助けてくれた。だから、今もどこかできっと困っている人を助けているんだと思う。

 今でもずっと後悔している事がある。だから、絶対に会わないといけないんだ。


「ねぇノノ、今日もヒーローを探すの?」

「あったりまえじゃない。なんでいつもついてくんのさ」

「心配だからだよ」

「シノンの方がよっぽど弱いじゃない」


 私の崇高な使命にノコノコとついてくるのは、近所の同級生のシノン。彼は私がヒーロー探しを始めた頃からずっとついてくる幼馴染だ。学校でクラスが変わっても、放課後になるといつの間にか近くにいる。

 別に嫌いじゃないんだけど、特に好きでもない。いわば腐れ縁。ただ、たまに小言が飛んでくるからその時は正直鬱陶しい。


「別についてきてもいいけど、足手まといにはならないでね」

「大丈夫だよ、多分」


 私のヒーロー探しは、自分で言うのも何だけどかなり過酷だ。ヒーローが活躍するのは困った人を助けるため。だからいるとしたら、災害が起こった現場だとか犯罪が多発する危険地帯。すごい狭い道を歩いたり、昼間でも真っ暗な路地裏をグネグネと危険を探しながら歩き回る。

 そして、シノンもまた必ず私の後をついてくる。根性だけはあるのかな。


 今日は空き家らだけの寂れた住宅地を回った。治安は悪そうなものの、ヒーローはいそうにない。歩き疲れた私達は公園のベンチに並んで座った。


「ノノはどう言うヒーローを探してんの?」

「言わなかったっけ? 昔私を助けてくれたヒーローの話」

「家が火事になった時に助けてくれたんだよね。消防士さん?」

「違う、窓からやってきて空を飛んで助けてくれたの。すぐにまた飛んで行ってしまったから、お礼も言えなかった」


 そう、まだ私が5歳くらいの頃、家が火事になった。夜中の火事で逃げ遅れてしまった私は救助を待つしかなかった。その時に2階の窓からその人はやってきて、私を抱きかかえて優しく地面に降ろしてくれた。

 その後、すぐに彼はいなくなってそれっきり――。


「それで探してるんだ」

「うん」

「会えるといいね」

「会えるよ! いや、会う! 絶対に会ってみせる!」


 私が強い信念をぶつけると、シノンはちょっと引いていた。いつも一緒にいる癖に、一緒になって応援はしてくれないんだよ。だからちょっと好きになれないんだよね。

 結局のこの日もヒーローは見つからず、私は落胆して家に帰る事になった。


 次の日、私はネットでヒーローに関する情報を見つける。その瞬間にテンションが上った。ウキウキで準備を済ませて、私は家を出る。

 すると、この行動を先読みしていたみたいに、家の前でシノンがスタンバイしていた。


「今日も行くんでしょ、ヒーロー探し。3連休全て危険地域を歩き回るだけってどうかと思うよ」

「それより聞いてよ! ネットで見たんだけど、ヒーローの目撃情報があるって」

「えぇ……。それ絶対信じちゃダメなやつだよ」


 予想通り、シノンは私の行動を止めようとする。その反応は織り込み済みなので、私は彼の正論を華麗にスルーした。


「嫌ならこなくていいから」

「いいや、いくよ」


 結局文句を言いながらもついてくるんだよね。これもまたいつものパターン。だから私は何も気にせずに自分の進む道を行く。

 ネットの掲示板の情報によれば、ヒーローは山奥の廃墟のどこかで目撃されたらしい。だから今日はちょっと長旅になる。私達はバスを乗り継いで、現場に一番近いバス停で降りた。


「さあ、後ちょっとだよ」

「ここから更に歩くの~? もう帰ろうよ~」

「今からが本番だっちゅーの」


 シノンの泣き言をスルーして私は更に先に進む。そこに行き着くにはボロボロの橋を渡らなければいけない。当然私は大丈夫なんだけど、ついてくるヘタレボーイはどうやら高所恐怖症らしい。


「ちょ、待ってよ……早いよ」

「早く来なさいよ。おいてくよ」

「鬼~っ!」


 まぁそんなこんなで、私達は目的地の廃ホテルに着いた。20年前まで営業していたそのホテルは本来入れないようになっているはずなんだけど、実際に来てみると普通に入る事が出来る。ホテル自体は色々とボロボロで、ホラーな雰囲気が漂っていた。

 私が乗り込もうとすると、ここでも彼が私を引き留めようとする。


「絶対ここにはいないよ。帰ろうよ」

「いないかどうかは探してから考えるから。ここまで来て何言ってんの」


 いつものように小言をスルーして、いざ廃ホテルへ。聞こえてくる足音でシノンがついてくるのが分かった。何だかんだ言って、絶対に先に帰ったりはしないんだよね。だから気にせずに進んじゃうところはある気がする。


 廃ホテルは管理されていないのでかなりボロボロで、その荒廃具合が逆に芸術的な美しさを作り出していた。植物があちこちに進出していて、ガラスとかも割れていて、廊下は埃を被っていて――廊下の角からファンタジーな生き物が突然出てきても違和感がないような雰囲気。

 私は、このとてつもない存在感に圧倒されてしまう。


「うわあ、すごいね……」

「やっぱりこんなところにヒーローなんている訳ないって」


 シノンはすぐにこの探索を切り上げようとする。常に危険を避けようとするだけの彼に少しムカついた私は、早歩きで廊下を進んだ。その内ヤツも焦って追いかけてくるだろう。いつだってそうだもの。

 けれど、聞こえてくるはずの足音が聞こえて来ない。


「ちょ、いくらなんでも遅……え?」


 振り向いた私の目に、シノンの姿が映らない。この今までと違う状況に私は焦った。


「ちょっとー! はぐれるなんて聞いてないよー! どこー!」


 いつもは呼べばすぐ現れるそんな存在だったのに、今は呼んでも来てくれない。ただそれだけですごく不安になる。今までどこに行っても平気だったのは、彼が一緒にいたからだとこの時に気付いた。

 でもさっきまで一緒にいたはず。そんなすぐに声も聞こえないほどに離れ離れになってしまうものなの?


 もしかして――と、悪い予感が私の頭の中をよぎる。この時、注意散漫になっていたせいで、不意に現れた大人の存在に気付くのが少し遅れた。


「えっ?」


 気がついた時にはこの廃ホテルのどこかの部屋に私はいた。こう言う場合のお約束で両手両足は縛られている。目の前には同じ状態のシノンの姿。先に捕まっていたのだ。道理で大声を出して捜しても見つからない訳だわ。

 で、私を捕まえた悪い大人はホテルのボロボロのソファに座ってふんぞり返っている。ボスっぽいの1人と手下っぽいのが3人。


「あんた達、まさかとは思うけどネットに情報を?」

「お嬢ちゃん、その通りだ。普通はそこのガキみたいな小僧しか来ないんだがな。いやあ、俺達はいい出会いをしたよなあ」


 でっぷり太ったボスっぽいのがニタリと笑う。こんな絵に描いたような悪党が本当に実在していただなんて……。ヒーローを探していてヴィランに捕まるとか笑えない冗談だわ。

 この状況から言っても、この悪党達は人身売買の専門家なのだろう。私の推理を証明するように、手下達がそれっぽい会話を始める。


「ガキはどうでもいいが、小娘の方は高値で売れそうだぜ」

「キャアア」


 手下の1人が私の顎に触って無理矢理顔を動かしたので、つい悲鳴を上げてしまった。その悲鳴が気に障ったのか、手下の拳が私に向かって飛んできた。


「やめろおーっ!」


 怖くなってまぶたをギュッと強くつむった瞬間、何かが起こる。殴られなかった事に違和感を感じてゆっくりまぶたを上げると、そこにはボコボコにされて横たわる3人の大人達の姿。あの一瞬の間に何が起こったの?

 ふと視線を上げると、見覚えのあるシルエットが目の前にあった。


「ノノ、大丈夫?」

「あの時のヒーローはシノンだったの? でもどうして?」

「恥ずかしくて。それと……」


 彼が当時すぐに飛び去った理由を話している途中で、でっぷりと太った風船みたいな大男が入ってきた。急いで逃げたボスが呼んだのだろう。用心棒と言ったところだろうか。

 風船はボキボキと指を鳴らしながらシノンに迫る。


「お前も変異種か。俺もそうなんだぜえ。仲間に会えて嬉しいよ」


 風船の目に見えない素早いパンチを、彼はギリギリで避ける。


「やるじゃねえかあ。殺し合おうぜえ!」

「殺すつもりなんて……」

「俺はお前を殺すぜえ! 楽しいなあ」


 風船とシノンは互角だった。お互いに殴ったり蹴ったりして中々決着が付かない。


「頑張れシノーン!」


 私が応援した次の瞬間、彼の動きが更に早くなって風船を一撃で沈める。この呆気ない幕切れに私は言葉を失った。


「すごい」

「おっと、動くなよお」


 そこに現れたのがデブのボスだ。私の背後に回って拳銃を頭に突きつけている。


「こいつを死なせたくなかっオブッ!」


 シノンは、ボスが脅しの言葉を最後まで言い終わる前に超スピードで倒してしまった。ズウウンと言う音と共に床に倒れて泡を吹いている。私はスマホを取り出して警察に連絡。これで悪党達の命運も尽きただろう。


 廃ホテルからの帰り道にバスの座席に並んで座った私は、窓の外の景色を眺めるシノンの横顔を見る。


「さっきは何を言いかけてたの?」

「実は、あれから一度も力を使えなかったんだ」

「え? じゃあなんでさっきは……」

「多分、ノノがピンチだったから」


 そう言った彼の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。それからもずっと私の顔を見てくれない。私は10年前に言えなかったお礼の言葉を改めて伝えて、最後にこう付け加えた。


「シノン、これからも私だけのヒーローでいてね」

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