薔薇とタンポポ

彩京みゆき

第1話

 春だ・・・。

 例えば考察してみる。

 人をこの中庭に咲き乱れる花に比喩してみよう。

 彼女は大輪の薔薇。綺麗で皆に愛されるし、よく手入れもされている。

 僕は、何だろう。無造作に辺りに種を飛散させたタンポポだろうか。時々生徒の誰かに踏み潰されるのだ。でも、逞しく打たれ強い。

 それはそれでいいな。そうありたい。


 僕は文芸部の部長だ。

 最近気になっているのは、この、薔薇のような女子、及川おいかわ絵梨奈えりなだった。

 数週間前から、なぜか部室に入り浸って。ついに先日入部希望を提出したのだ。

 いや、部員が増えるのは嬉しいのだが、彼女がまるで創作活動をしていないのが気になる。むしろ興味はあるのか?


 その比喩『薔薇少女』が僕に問いかけた。

「部長!

 この間の文芸賞はどうでしたか?」

「ああ、この僕の様子からご機嫌そうに見えますでしょうかねぇ?」

「あ、ダメか・・・」

 駄目と言われると余計に低気圧的な何かに巻き込まれるような気分だ。


「ああ、ちょっと待って下さいね!」

 と言ってキラキラした薔薇少女はどこかに向かって行った。


 僕は何気なく他の部員にポツリと漏らした。

「彼女は、なぜここにいるのでしょうか?

 文学に到底興味があるとは思えない」

「え!?

 まじか!?部長どんだけ鈍感!?」

 と副部長の原田。

「はあ?」

 と、僕は間の抜けた返事をした。

「彼女、絶対部長狙いだけど」

「まさか、あの大輪の薔薇のような彼女がそんな訳は無い・・・」


 そう言ってる間に彼女がどこかから戻って来た。

「いやー、本当に超鈍感ですね、部長。

 はい、これあげます」

 言って彼女が僕に差し出したのは、

 ピンクのハート型のクッキーだった。


「ありがとうございます。

 みんなで頂きましょうか」

 と僕が言うと、

「いや、それどう見ても・・・遠慮しておきます」

 と原田。

『???』

 及川さんが呆れたように言った。

「そんな乙女心が分からないから、文芸賞逃すんですよ!」

 原田が焦ったように、

「ちょっと及川さん・・・」

 と言ったが。

 僕は前半の内容など飛んでしまい、後半部分に、どーんと落ち込んだ。 

 薔薇少女は言った。


「部長!

 乙女心の研究のために、私とお付き合いしましょう!!」

 と。


 突然の事に僕は真っ白になる。

「いや。

 そういう訳には・・・。

 第一、及川さんは僕の事、好きでは無いでしょう・・・」

「だから、好きだって言ってるじゃないですか!!!」

 いや、言われてはいないし…。


 及川さんは続けて言った。

「部長、覚えて無いんですか!?

 私がクラスメイトに、廊下で掃除を押し付けられてた時の事・・・」


「ああ、覚えてますよ・・・」



 彼女は一部女子から嫌われているようだった。

 いや、彼女に非があったというより、嫉妬されているかのようだった。

 ある時、担任に贔屓されてるだの、男子に色目を使っているだのの嫌疑でクラスの女子達に取り囲まれていた。

 どちらが悪いかでは無く、俯瞰で見ても明らかに多勢に無勢。

 僕は思わず言ってしまったのだ。


『大輪の、綺麗な花に、雑草は醜く嫉妬するものなのでしょうかね?』


 皆、最初は呆然としていたが。

 意味が分かると顔を真っ赤にして怒り出した。

『はあ!?誰が雑草!?』 


 僕はスマホを取り出した。

『今の一部始終、最初から動画撮影してましたけど、いいですか?どこに報告しましょうか?

 ネットにでもアップしましょうかね?』

 そう言うと、女子生徒達は、『勝手にしなよ』とバツ悪そうに去って行った。


 僕はホッと胸を撫で下ろした。

 良かった。

 スマホ撮影は真っ赤な嘘だった。

 あの様子じゃ、最初から良からぬ絡み方をしていたに違いない。



 なんて、そんな事があったのだ。


 僕は、言った。

「もちろん、あの時の事は覚えています」


 及川さんは、

「私、あの時から、部長が好きだったんですよ。

 部長は、カッコいいですよ!」

 真っ直ぐにこちらを見てそう言った。


 本当に、僕は女性の心が何も分からなかったのか・・・。いや、まさかと思うだろう・・・。

 僕は、カッコ良かったのか、あれが・・・。



「部長!文芸教えてください。

 詩でもいいですよね?


『春うらら、部長の心は、誰のもの?』」


「及川さん、それは詩では無く、俳句ですかね?」


「あ、そっか・・・」


「僕でよろしければ、文芸指導致しましょう」

 僕は、内心ドキドキしながら言った。


「及川さんは、僕に乙女心の解説指導をお願い出来ますでしょうか?」


「もちろんです・・・」

 及川さんが嬉しそうにそう言った。



 ああ、春だな・・・。


 と、僕たちは中庭の花々を見下ろした。

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