初恋は青臭く【KAC20228・私だけのヒーロー】

カイ艦長

初恋は青臭く

 立ちはだかったのは、小学生と思われる男児だった。


「この女性から離れろ!」


 声変わりしていない高い声が耳につく。

 男児の先にいたのは、刃物を持った私と同じ二十代の男性のようだった。


「そこをどけ、ガキが! 粋がってんじゃねえよ!」


 その言葉を聞いて、どっちが粋がっているんだよ、と言いたくなった。


 しかし男児は意に介さず、武術の構えをとった。

 どの武術のものか具体的にはわからないが、その姿はどっしりと安定して微動だにしない。

 刃物男は一瞬気圧されたようにたじろぐも、すぐに握り直してゆっくりと近寄ってくる。


 男の狙いはおそらく私だろう。だが、その顔に見覚えはなかった。

 どこかで恨みを買ったのかもしれないが、今はそんな詮索をしている状況ではない。


「お姉さん、早く逃げてください!」


 甲高い声に押されて、近づく男性との距離をとろうとゆっくりその場から後ずさりした。

 少年はちらとこちらを見た。

「振り返らずダッシュで逃げてください!」

 言われてはいるものの、やはり刃物がこちらを向いているとわかると身動きがとれない。


 この少年は強がっているが、しょせん子どもである。

 大人の男性に太刀打ちできるとは思えなかった。足止めにさえならないだろう。

 私のせいでこの子が刺される。そう思うと少年の安否が気にかかってしまうのだ。


 後ずさりして土塀にぶつかってハンドバッグを落としてしまい、さらにこれ以上は下がれなくなってしまった。

 少年は男に牽制の視線を向けながら、私の状態を確認したようだ。


「おじさん、これ以上近寄らないでください。あなたを倒しかねません」

 にやりと笑った男は、刃物を高く掲げて、まず少年に斬りかかった。

「キャー!」

 私の金切り声が響き渡る。

「うお!」

 刃物を持つ男の右手を内から外へとさばいた少年は、そのままヤツのみぞおちに突きを食らわせた。と同時に右手を両手で掴んで逆関節へと力を注いでいく。

「痛てててて! はっ、離せ小僧!」

 そのまま腕を極めて刃物が地面に落ちた。少年はこちらへ蹴り出すと、その体勢から背負い投げを放った。

「うわー!」

 頭頂部から地面に叩きつけられた男は、そのまま大の字になってのびている。

 どうやら気を失ったようだ。



 少年はひと息入れると、構えを解いてこちらへ向かってきた。

 右手でズボンのポケットからハンカチを取り出し、転がっている刃物をそれに包んで拾い上げる。

「お姉さん、電話は持っていますか?」

 あまりの出来事に呆気にとられていた私は、その唐突な問いかけにぎこちなく返した。

「え、ええ。持っているけど……」

「それなら、警察に電話してすぐ来てもらってください。十分ぐらいはのびていると思いますが、動けないように捕縛しておきます。お姉さんは早く警察に連絡を」

 落ち着いた少年の声に、我を取り戻した私はスマートフォンで警察に連絡をした。


 その間、少年は起こさないようゆっくりと丁寧に男をうつ伏せにした。

 彼は鞄の中から結束バンドを取り出し、両手の親指をくっつけてそれで強く締め上げた。さらに靴と靴下を脱がせて、両足の親指も同様に結束バンドで絞め上げる。

「これでよし、と」


 警察に位置と状況を説明している間に、少年は男を身動きが取れないようにしていた。ここまで冷静に大人の自由を奪える子どもがいるのだろうか。


「あとはお姉さんに任せていいよね。どうせこいつはもう動けないから」

 電話を切った私はその言葉に焦燥感を覚えた。

「ちょっ、ちょっと待って。私にはなにがどうなのかまったくわからないんだけど……」


 少年は謙虚な姿勢を崩さない。

「刃物を持って襲ってきた男性を、子どもが制して取り押さえました。それだけ言えば警察もだいたいわかると思うよ」

「せめて警察が来るまで一緒にいてくれないかな?」


 ハンドバッグを拾い上げて渡しに来た少年にお願いしてみた。

「うーん。おじいちゃんの用事がまだ済んでいないから、僕はもういかなくちゃ」

「それじゃあ、せめて名前とか住所とか……」


「いえ、名乗るほどの者じゃありませんので。まだまだ修行の身です」

 そういうと、少年はT字路の左側へ歩き出した。


 まさか小学生に心を奪われるとは思いもしなかったわ。



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