私だけのヒーロー?~母の青春時代~

明石竜 

第1話


「朋靖(ともやす)ぅ、新作マンガ描いたんだけど、読んでみる?」

「姉ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのかよ」

 三月下旬のある日の夕方、机に向かって数学の予習に励んでいた高校一年生の朝永朋靖は姉の朋恵(ともえ)に邪魔をされ、ほとほと迷惑がった。

「今度のは絶対面白いから試しに読んでみなって。まだお母さんには見せてないから、朋靖が第一読者よ」

「今忙しいし、たとえ暇だったとしても姉ちゃんの描いたマンガを読む気はしない。姉ちゃん、鬱陶しいから早く出ていってくれ」

 朋靖は面倒くさそうにイスから立ち上がり、朋恵の背中を押して自室から追い出そうとする。ついでに渡された三十数枚の漫画原稿用紙の束も。

「朋靖、かわいい女の子のエッチなシーンも満載よ」

「だからこそ読む気がしないんだって」

 あともう少しで懸命に踏みとどまろうとする朋恵を廊下へ追い出せそうになった時、

「朋恵、ここにいたのね。明日、雑誌類回収の日だから、あんたのお部屋に大量に溜まってる古いマンガ雑誌類、いい加減捨てなさいね」

 母がこのお部屋に入って来て、こんな要求をして来た。

「えー、まだ読むかもしれんのに」

「またそんなこと言って。そのうち床がズドンッて抜けるわよ」

「お母さん大げさ過ぎー。ギャグマンガじゃあるまいし」

 朋恵は大きく笑う。

「姉ちゃん、実際あり得る話だと思うんだけど」

「数千冊、部屋が埋もれるくらい溜めた場合でしょ。ワタシの部屋にはまだ雑誌は百何十冊かしか溜まってないし」

「それでも俺基準では溜め過ぎだと思う」

「母さんもそう思うわ。せいぜい五十冊までよ」

「俺は十冊くらいまでだと思う」

「十冊くらいなら一月足らずで溜まっちゃうこともあると思うけど。あら朋恵、新作マンガ描いたのね。ちょっと見せて」

 母は朋靖が手に持っていた漫画原稿用紙が目に留まるや、衝動的にさっと奪い取った。

「お母さん、これ、少年向けの新人賞に応募したら受賞出来るかな? 美少女満載のコメディ物なんだけど」

 自信たっぷりげな朋恵に、

「そうねぇ……」

 母はパラパラッと原稿に目を通したのち、

「朋恵、これじゃぁ百パーセント落選するわ。ストーリーがありきたりだし、絵も前作と比べてほとんど上達してないし。母さんが中学時代に描いた絵の方が、朋恵の今の絵よりも上手かったわよ」

 微笑み顔できっぱりとこう言い張った。

「はい、はい。ワタシはお母さんの中学時代なんて知らないし、何とでも虚言出来るよね」

 朋恵はにこにこ笑いながらも、ちょっぴり不機嫌そうに言う。

「信じてないようね。証拠があるから見に来てごらん」

 母からそう伝え、朋靖と朋恵は母の書斎へ。

「これ全部、お母さんが学生時代に使ってたノート?」

「そうよ。さっき寝室の押入れ片付けてたら出て来たの。ほんの一部だけだけど」

 誰もが使ったことがあるだろう自由帳や、罫線入りのキャンパスノートだった。日に焼けて黄ばんでいて、時の流れを感じさせていた。

「悔しいけど、確かに今のワタシよりも上手いわね。絵柄は古臭いけど」

 ある一冊をパラパラ捲ると、イラストが多数目に飛び込んでくる。色鉛筆やカラーペンで塗られたものもけっこうあった。

「当時は最先端だったのよ」

「母さんが中学の頃だから三〇年以上前か。これは何かのアニメか漫画のキャラ?」

 朋靖も別の一冊を手に取り、興味深そうにページを捲る。 

「全部母さんのオリジナルキャラよ。藤子不○雄先生、い○らしゆみこ先生、高橋留○子先生、あ○ち充先生、赤塚不○夫先生、鳥○明先生なんかの影響もちょっとは受けてるけどね」

 母は照れくさそうに伝えた。

 今では見かけないであろうリーゼント&学ランの不良、ビン底メガネのがり勉風な少年少女、巻き髪やおかっぱ頭やポニーテールや三つ編みの少女、悪がき風の幼稚園児や小学生、洟垂れ坊主、手土産に饅頭を持った酔っ払いハゲ親父、仙人風の白長髭お爺さん、いじわるそうなきつね顔のお婆さんなどなど老若男女問わず。人間だけでなく、動植物や乗り物、建造物、食べ物、楽器、武器、アクセサリー、雑貨類なんかもけっこう描かれていた。

「よく思いつくわね。お母さんの学生時代のイラスト、初めて見たわ。絵に躍動感があるわね」

「母さんはこれでも結局商業誌で活躍するプロの漫画家にはなれなかったのよ。今はこの頃よりも全体的なレベルがかなり上がってるみたいだし、朋恵がプロ漫画家デビューするにはまだまだ相当険しい道を乗り越えなきゃダメね」

「……否定は出来ないな」

 朋恵は苦笑する。彼女は今、大学一年生だ。じつはアニメ雑誌などに広告の載るエンタメ系の専門学校に行きたがっていたのだが、両親から反対され仕方なくそれほど偏差値の高くない私立大の文学部に進んだ経緯がある。丸顔ぱっちり垂れ目、細長八の字眉、痩せても太ってもなく標準的な体つき。今どきの女子大生っぽくほんのり茶髪に染めて、セミロングなふんわりウェーブにしているものの、まだ女子高生としてもじゅうぶん通用するちょっぴりあどけない顔つきをしている。背丈は一五二、三センチとやや小柄だ。将来の夢は漫画家、イラストレーター、アニメーター、声優、ライトノベル作家……迷走中のようである。

「これ、朋恵にあげるわ。作画の参考に使ってね」

 母に爽やかな表情で言われ、

「こんな古臭い絵柄じゃ参考にならないって」

 朋恵はにかっと笑う。

「朋恵も負けず嫌いね」

「ノートだけじゃなく、昔のCDアルバムもけっこうあるね。西田ひかるとか、

ZARDとか、安室奈美恵とか」

「母さんは、青春時代西田ひかるに特に嵌ってたな。年上のお姉さんで憧れの対象だったわ。

歌を聴きながらだと漫画の創作もより一層捗ったわ」

 母は楽しそうに思い出を語る。

「うちがアニソン聞きながら描いてるのと同じようなものね。あっ、なんか漫画が出て来た。

『私だけのヒーロー?』ってタイトルか」

「西田ひかるが30年以上前に出したエスプリっていうアルバムに『私だけのHERO』

って歌が収録されてて、それを元にした漫画を描いてみようと思ったのよ。中三の頃の秋に

受験勉強そっちのけで描いた作品よ」

「そうなんだ。あだち充の絵柄を真似した感じね。どんなストーリーなんだろ」

 朋恵はじっくり眺めてみる。

 数分後、

「ゲーセンで不良にナンパされそうなった子を、助けてくれたイケメンの格好いい

男の子がじつは女の子だったってオチかぁ。それで? が付いてたのか。中学で

ここまで描き切れるって凄いよね」

 予想以上に面白く、朋恵は絶賛してしまった。

「当時は時代背景もあって?を付けちゃったけど、ヒーローってある事件を解決するために活躍した人のことで、性別は関係ないから?はもう消しちゃっていいよ」

「そうだよね」

 朋恵はそう言い、タイトルに付けられていた?を油性ボールペン用の消しゴムで

消したのだった。



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私だけのヒーロー?~母の青春時代~ 明石竜  @Akashiryu

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