立つ花跡を濁さず
夏生 夕
第1話
そろそろ散り去る頃かしら。
今年は暖かくなるのが急だったから、慌てて花開かせた、というのは思い返せば毎年のことなのよね。
寂しくさせます。
そんな顔しないでよ、また来年ってだけなんだから。いい加減慣れて、神様。
これでもいつも心配してるの。わたしが散って、眠った後のこと。
大雨に濡れてないか、とか。
ずいぶん前には雨漏りしたわよね。あの時の神主さんの慌てぶりはちょっと面白かったな。
夏祭りでは飲み過ぎてないか、とか。
もうお互い若くないんだから、その辺は気を遣わないと。
紅葉に魅せられて遠出してないか、とか。
浮気もいいとこよ。来年、咲いてあげないからね。
そもそも出雲に行ってたのも昔のことでしょう。今はここを空けたらだめです。
お正月に不貞腐れていないか、とか。
確かに無理難題を願う人間もいるけれどね。普段の比じゃない数がやって来て気が休まらないのもわかるけど、見守るだけはしてあげて。
まぁ確かに、圧倒的に暇な日が多い。思い出したように人間が賑やかす時期もすぐに過ぎてしまう。
だから、いつも花の終わりには心配だったの。
寂しくしてないかしら、って。
でも今年は大丈夫そう。
最近よく犬を連れて散歩している人間。そう、あの眼鏡のぼうや。
ちょうどわたしが全身満開だったときに来たのよね、最初は。
今みたいにほとんど緑が目立つ葉桜になると見向きもしない人間も多いけど、あの子は今朝も来た。・・・朝、早かったものね。そのお寝坊も心配なんですよわたしは。
今日は一人でした。犬はいなかったわ。
風に揺れるわたしをじっと見上げて、貴方に手を合わせて、しばらくそこのベンチで本を読んで帰った。
きっと彼はまたすぐに来る。
そうして通ってくれる子は久しぶりなんじゃない。安心した。
貴方の見張り・・・にはならないでしょうけど、遊び相手くらいにはなるでしょう。あんまりいたずらしないであげてね。
案外と生真面目な貴方だから、人間が来れば多少は背筋も伸びるわよね。まだまだこれからよ、しっかりして。
それじゃあまた、来年、ね。
立つ花跡を濁さず 夏生 夕 @KNA
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