KAC202211 KACに挑みし者の苦難と激闘の日々

無月兄

第1話

 これは、KAC2022に挑んだ一人の男の記録である。


 KACが何たるかを知らずに本作を読んだ人のために説明すると、カクヨム公式が出したお題にあった小説を執筆、投稿するという企画。

 だがその締め切りが極端に短く、最短だと、二日以内に小説を一本書かなくてはならない。

 その過酷な内容から、狂喜の祭典だの、日常生活ブレイカーだの呼ぶ者もいるくらいだ。


 そんなKACも、2022年でもう4回目。今年は、3月の間に全部で11のお題が発表される。


 それを知った男は、即座に参加を決意。しかも、全てのお題を達成するという、皆勤賞を成し遂げるのが目標だった。


 そんな過酷な企画に、いったいなぜ参加するのかと疑問に思う者もいるかもしれない。

 だがその理由はいたってシンプル。そこにKACがあるからだ。


 この戦いに挑むにあたり、男はその時々の心境を、数行の日記に綴ることにした。




 ○2月28日


 いよいよ明日からKAC開始。だが戦いは、既に始まっていた。

 これだけのハイペースで執筆するとなると、睡眠時間が削られてしまうのは必定。故に男は、栄養ドリンク用意した。けっこうお高いやつの10本セット。体力的にきつくなった時は、これを飲んで乗り切る算段だ。


 さらに、どんなお題がきてもいいよう、イメージトレーニングを重ねた。

 ○○というお題だった、こんな話を書こう。××だったらこうだ。

 準備は万端。待ってろよ、KAC!






 ○3月1日


 いよいよやって来た、KAC初日である。



 今後を占う、記念すべき第一回目のお題はこれだった。


【二刀流】


「無理だ!」


 お題を見た瞬間、俺は叫んだ。こんなもの全くの想定外。せっかく重ねてきたイメージトレーニングが、ムダに終わってしまった。


 いや。ムダというのは早計かもしれない。何しろお題はあと10もあるのだから、いつかはイメージトレーニングが役立つお題もくるはず。


 それよりも、今大事なのは【二刀流】だ。

 完全に、かの日本人メジャーリーガーを意識したであろうこのお題。四苦八苦しながらも、何とか書き上げることができた。


 こんなのがあと10回もあるのか。今さらながら、この企画の過酷さを実感せずにはいられない







 ○3月4日。


 この日、2回目のお題が発表された。今度こそ、イメージトレーニングが役立つものを。でなくても、書きやすいものを。そう思いながら、お題を確認する。


【推し活】


 俺は頭を抱えた。

 カクヨム内で、推し活をテーマにした作品は読んだことがある。その作品のファンと言っていい。だがそれ故に、俺がそんなものを書けるかと言われると難しかった。


 このお題は、他のユーザーもこぞって頭を抱えた。そして、こんな鬼難易度なお題を出した運営に怒った。怒った結果、みんなで話し合い、運営はドSということになった






 ○3月9日


 第3回【第六感】


 ドSな運営からのお題、まだまだ続くな。




 ○3月11日


 第4回【お笑い/コメディ】


 ここにきてジャンル指定!?



 ○3月14日


 第5回【88歳】


 こんなもん、創作の引き出し全部をひっくり返しても出てこねーよ!






 新たにお題が発表されるたび、男を含めたユーザーはこぞって頭を抱えた。

 疲れのためか、日記もだんだんと雑になってきた。


 そんな中、公式がTwitterでこんなことを言っていた。


『KAC史上最難関のお題かもしれません。皆さん、どうかお願いです。諦めないでください!』


 その日の日記がこれだ。


『お前が言うな!!!』


 自分で最難関のお題を出しておきながら、諦めないでとはこれ如何に。

 それでも、男はなんとか書き続けた。





 ○3月16日


 第6回【焼き鳥が登場する物語】


 毎度毎度おかしなお題ばかり出しやがって。カクヨムのマスコットキャラクター、トリさんを焼き鳥にしてやる。




 だんだんと、日記の内容が荒んでいくのがわかる。


 もちろん、この過酷なKACの最中でも、嬉しいことはあった。

 他の人の素敵な作品を読むのは刺激になった。

 さらにこれは、KACとは直接関係のない話だが、交流のある作家様が、他サイトのコンテストで賞をもらった。縁のある人が頑張り結果を出しているのを見ると、自分も頑張ろうと力が湧いてくる。


 そんなこんなで、KACも後半戦だ。

 第7回からは、ユーザーがリクエストしたお題が出るらしい。これで高難易度のお題だったら、リクエストした人は怒りを向けられることになるだろう。

 あと、採用した運営にも怒りが向くだろうが、お題が出る度に運営に怒りが向くのはいつものことだ。




 ○3月18日


 ユーザーリクエストのお題第一段となる、7回目のお題はこれだ。


【出会いと別れ】


 よし、いける。これまで出てきた難題と比べると、はるかに書きやすい。





 ○3月21日


 続く第8回はこれだ。


【私だけのヒーロー】


 運営が考えなければ、こんなにもちゃんとしたお題が出るのだろうか。感動した。





 ○3月23日


 第9回【猫の手を借りた結果】



 またこんなのかよ!


 やはりユーザーリクエストとはいえ、公式が選ぶとなると、こんなとんでもないのが出てくるだろう。わかっていたさ。




 ○3月25日


 第10回 【真夜中】


 これらのユーザーリクエストのお題、いったいどうやって選んでいるのだろう。くじ引きか?


 何はともあれ、残るお題はあとひとつ。あとひとつ書きさえすれば、全てクリアで皆勤賞達成となる。がんばるぞ!








 しかしここまでくると、男の体力、精神力共に限界だった。

 用意していた栄養ドリンクを飲みまくり、生きる屍のような状態で書き続けているようなものだった。




 ○3月28日

 最後のお題はこれだ。


【日記】


 もはや難しいとか簡単とかいうリアクションをする余裕もない。お題が出たからには書く。ただそれだけだ。

 なのに──なのに、なぜだろう。いくら頭を捻っても、ちっとも話が浮かばない。これまでの10回に及ぶ戦いで、俺のアイディアはすっかり枯渇してしまった。








 それ以降、男は小説も日記も書くのがピタリと止まってしまった。


「くそっ、何でだよ。これで最後なんだ。あとたった一つ書きさえすれば、この戦いの日々も終わるんだ。なのに、何で話が浮かんでこないんだよ!」


 嘆く男。だがそれでアイディアが降りてくるなんてこともなく、気づけば時は流れ、無情にも締め切りまであと僅かとなってしまった。


「最後の最後で書けなくなるなんて、俺ってダメなやつだな」


 悔しさと情けなさで、いつの間にか涙が溢れていた。ガックリと膝をつき、俯いた顔が上がるこのはない。


 しかしその時だ。ふと、男の耳に声が響いた。


「諦めちゃだめホー」

「だ、誰だ!?」


 俯いていた顔を上げ、声のした方へと目をやる。

 するとそこには、カクヨムのマスコットキャラクター、トリさんがいた。


「最後まで希望を捨てないでホー。君ならきっとやれるホー」


 どうしてトリさんがこんなところにいるのかわからない。もしかすると、ただの幻聴、幻覚なのかもしれない。

 ついでに、語尾に「ホー」とつけるのが公式設定なのかもわからない。


 だがそんなことは問題じゃなかった。例え幻だったとしても、トリさんが応援してくれている。

 今まで公式の手先として、無茶なお題をさんざん出してきたトリさん。それでもこの応援は、残りの力を振り絞る大きな理由となった。


「うぉーっ、やるぞーっ!!!」


 それは、まさに覚醒だった。今までちっともアイディアが浮かばなかったのが嘘のように、頭の中に次々と文章が浮かんでくる。

 だが、締め切りまでの残り時間があまりにも少ない。急いで書いても、間に合うかどうかはギリギリだ。


 しかし、だからこそ悲観的になる暇などなかった。ただひたすらに書き、そしてついに、KAC最後の作品が完成した。


 その日の日記がこれだ。


 ○3月30日(締切日)


 KAC最終作品投稿。


 締切ギリギリ。だけど、間に合った。俺、皆勤賞達成したんだ。


 KACに挑み続けてよかった。








 最後の日記には、男の涙が滲んでいた。


 そこで、緊張の糸が切れたのだろう。男は倒れ、そのまま死んだように眠ってしまった。

 だがその表情は穏やかだった。


 KAC皆勤賞達成。その事実は、男に何よりの満足感と幸せを与えてくれていた。






 …………男が最後に投稿した作品に『KAC202211』のタグをつけ忘れていたのは、また別の話だ。



 

※ダグのつけ忘れ、全角で入力するなどの表記ミスがあった場合失格になるので、皆様ご注意を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC202211 KACに挑みし者の苦難と激闘の日々 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ