オモテウラ
今福シノ
3月、いつもの場所で
「……さよならって、こんなにもつらくてさみしいものなんだね」
私の前で、まーちゃんは
「でも、悲しくはないよ。きっとまた会えるって、信じてるから」
「……」
「ちょっとだけお別れ。そう考えたら未来に希望が持てるもんね」
「……」
「だから、今はさよなら。また、会う日までね――」
「いいから早く食べなさいよ。そのテリヤキエッグバーガー」
私はいい加減耐えきれずに謎の小芝居にツッコむ。するとまーちゃんは涙目になって、
「えぇー、だって今日で最後なんだよ? 食べたらなくなっちゃうんだよ?」
「そりゃそうでしょ」
食べてもなくならないハンバーガーとか怖すぎるよ。
「食べないなら私が食べるわよ?」
「あー待って! 食べる、食べるからー!」
まるで我が子を守るように胸に抱えるまーちゃん。
「むふー、おいひー」
が、
「ほんと、おいしそうに食べるね」
「このたまごのとろとろ具合が最高なんだよー。やめられないとまらないだよー」
「週1のペースで食べてたもんね」
ワクドナルドで
まあ、それも今日で終わり。私たちは本日をもって、めでたく高校を卒業した。そして来月になれば、別々の道を進むことになる。私は地元の大学へ。そしてまーちゃんは……東京の大学へ。
「そういえばりのっちはぜんぜんテリエッグバーガー食べないね。ほかの期間限定のやつもそうだけど」
まーちゃんは口にテリヤキソースをつけた状態で言う。りのっち、と。まーちゃんだけの呼び方で。
「私は別に食べたいって気にならないかなあ。期間限定っていっても、また来年でも食べようと思えば食べられるわけだし」
「さっすがりのっち、クールだねー」
「そんなことないよ」
まーちゃんみたいに別れを惜しむことになるなら、最初から食べない方がいいかなって、そう思っちゃうだけ。
「さよならは、つらいもんね」
「ふへ? なにか言った?」
「いーや、なんでも」
ストロベリー味のシェイクをすすりながら窓の外をながめる。甘ったるいシェイクが
「あああ……」
と、まーちゃんが悲痛な声を上げる。手のひらには包みだけが残っていた。
「なくなっちゃった……」
「足りないならもう1個買ってくれば?」
「むむむ……どうしよっかなあ」
「でもあんまり食べ過ぎると、入学式でスーツが入らなくなるかもよ?」
「それはやだなあ」
「それより大丈夫なの? 新生活の準備は」
「うん、もうバッチリだよー。部屋も決まったし、あとは引っ越すだけー」
「そっか……」
それを聞くと、本人の口から聞くと、一層実感させられる。別れが、目の前まで来ていることを。
……ダメだダメだ。悲観的なことは考えないようにしないと。考えたら、きっと顔に出ちゃう。そしたらまーちゃんが気持ちよく旅立てない。
私はただ笑って。笑って送り出せるようにしないと。
「りのっち、りのっちってば」
「え? あ、ごめん。聞いてなかった」
「もー。さては春の陽気にぼーっとしてたなー?」
「あはは、まあそんなとこかな……。それで、なんの話だっけ」
「GWはどうしよっかって話。どこに遊びに行く?」
「……へ?」
どういうこと?
「どこって、まーちゃんは東京でしょ?」
「GWは帰ってくるよー。だってさすがにりのっちに東京まで来てもらうわけにはいかないでしょ? あ、それとも予定あったりする?」
「いや、ないけど……」
「よかったあー」
まーちゃんは胸をなでおろして、
「会えなかったらどうしようかと思ったよー。GWまで会えないだけでさみしいのに、その次だと夏休みとかになっちゃうもん」
「……」
そっか。
まーちゃんの言うとおりだ。
さよならはつらくてさみしいけど、悲しくはない。
だって……私たちはまた、会えるんだから。
「ねえまーちゃん」
「なに?」
「GW、私が東京に行くよ」
「えっ」
言うと、目をぱちくりとさせる。
「そんなの悪いよ。けっこうお金かかるよ? 私は
「いいの。私が行きたいの。まーちゃんに会いに」
未来に、また会う日に希望を持って。
そう考えると、さよならもちょっとだけ、悪くないと思える。
「あー、なんだかおなか
「え、え? どうしたの急に」
「だってまーちゃんがあんなにおいしそうに食べるから、気になっちゃって」
さよならを
ふたつはきっと、表と裏。表裏一体。
「よおし、じゃあ今日はとことん食べるぞー」
ふわりと漂うのは、きっと桜の香り。
私はその背中に向かって、こっそりとつぶやく。
「これからもよろしくね。
オモテウラ 今福シノ @Shinoimafuku
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