【KAC20227】とあるバケモノの恋
朝霧 陽月
本文
彼女に出会ったのは、僕がまだ各地を放浪してる最中で、この村に立ち寄った時のことだった。
「いらっしゃい、旅の人」
よそ者というのは歓迎されないことが多く、ましてやここのような小さな村では嫌われることの方が多かったが、彼女はとても温かく僕のことをもてなしてくれたのだ。
大して何も返すことも出来ない僕は、それならばせめてと出来る限りの雑用や力仕事をこなした。
すると彼女は大層感謝してくれて「よかったら、この村に住みませんか?」とまで言い出したのだ。若い男たちは遠くの大きな町へ出稼ぎに行ってしまっているため、村の仕事を手伝ってくれる男性がいてくれると助かると……。
確かに自分なら最低限近くの森で狩りをするだけでも生計は立てられる、でもそれは最低限の話で、ちゃんと生活基盤を持つならもっと稼ぎやすい狩場や場所があるのだ。
それが分かっていながら、今までどこにも定住しなかったのは色々問題があるからだ。
特にどこかに住むことにして、誰かと特別親しくなったりしたら……いつか、自分が人間ではないとバレてしまう。
だからどこか一か所には住めないのだ。
でも……屈託のない彼女の温かい笑顔を見て考えた。
——この笑顔をずっと見ていられたら、どんなに幸せなことだろう
そんな思いに囚われた自分は、いつの間にか了承の返事をしていたのだった。
「本当ですかー!! 嬉しい……!!」
彼女はそのことを心の底から喜んでくれた様子で、僕はきっとこの先もその笑顔を忘れることはないだろうと思った。
大丈夫だ、関わる人も少ないしきっと隠し通せる。ボロなんて出さない……。
そう言い聞かせて、僕は彼女の手を取った。
それから彼女と村で過ごした歳月は、ささやかながらとても幸せで、僕と彼女の間にも何か特別な絆めいたものが出来上がってきているのを感じていた。
もう少し様子をみてからプロポーズするのもいいかもしれない……。
そんなことを考えてしまうほどに、僕も浮かれていた。
でも因果なもので、最後まで上手くいくことなんてなかった。
普段はもっと森の奥にいるはずの大型の獣が、村の近くまで出てきて、間の悪いことに彼女を襲ったのだった。
森に薬草を取りに行った帰りが遅かったのを心配し、様子を見に行った僕の目の前で、彼女の倍以上の大きさのある獣が、二本足で立ち上がり爪を振り下ろす寸前だった。
だからだろう、普段なら絶対そんなことしないのに、僕は我を忘れて獣を倒すために力を使ってしまったのだ。
彼女にはずっと隠してきた、人狼の力を……。
人狼の姿に変身した僕は一瞬で、獣の急所を貫き絶命させた。そうして獣が地面に倒れたところで、僕はハッと我に返って、一連のことを彼女が見ていたと気づいた。
「あ、アナタなの……よね」
彼女の声は震えていた、たった今まで襲われかけていたのだから仕方ない。別の理由から目をそらして、自分に言い聞かせる。
「助けてくれてありがとう……」
その言葉につられてそちらを向くと、そこでようやく彼女がどんな顔を僕に向けてたのか分かった。
彼女は笑っていた。無理に作ったような引きつった笑顔で、微かに震えながら。
これを見たら流石に認めざるおえなかった、彼女は僕自身に怯えながら無理をしていると……。
心のどこかで楽観的に思っていた、心優しい彼女なら、自分の正体が人狼だと知っても受け入れてくれるのではないかと。
ああ、やはりそんなものは淡い幻想だったのか……。
「騙していたことと、怖がらせてしまったこと申し訳ない……」
「え……」
僕の言葉に彼女はびくりと肩を震わせる。それが図星をつかれたからなのか、それとも僕の言葉自体を恐れているのかは、判断が付かない。
「もう、二度と自分が君の前に姿を現すことはないだろう」
それだけ告げると、僕は人狼の脚力を駆使して彼女の前から走り去った。
後ろから「待って」という声が聞こえた気がしたが、足を止めることはなかった。
優しい彼女のことだから、ここに留まれば、秘密を隠したうえで表面上は無理してでも今まで通りに接してくれるかもしれない。
しかし心の底で、好きな彼女にバケモノと思われながら過ごすことに、自分自身が耐えられそうになかった。
さよなら、愛した君よ……。
願わくば、僕のようなバケモノのことは忘れて幸せになってくれ。
それが君を騙していた僕のせめてもの願いだ。
【KAC20227】とあるバケモノの恋 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu
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