第3話 松木拓斗という男

「みなちゃん~っ、おまたせーっ!!」

お昼過ぎ、駅前の時計台の下。漫画やアニメなんかでよく見る待ち合わせ場所に祐実がいつもの屈託のない笑顔で、手を振りながら駆け寄ってきた。

私が着ないようなふわふわのフリルのシャツに袖のふくらんだカーディガン、そしてこれまたふわっとしたスカート。

急に春風がやってきたように、温かい空気が流れた。

「おうっ。」

対して私は何の変哲もない白Tにスキニーのジーンズ、メンズライクなキャップ、という格好。かわいいとは言い難い服装である。

そんな周りから見たらどこぞのカップルかと思われそうな二人だが、今日はいつものごとく祐実のお買い物に付き合うのであった。


「ママがさあ、私のおきにのブラウス着て行っちゃって、、」

「あそこの新しいクレープ屋さん気になってるんだよねえ。あとでおなかすいてたらいっしょに食べよ?」

いつもと変わらない、祐実らしい平和な会話をふ~んとか、そうなんだ~とか、本当に付き合っていたら怒られそうな適当な相槌(もちろん真面目に聞いてはいる)で聞いていると、祐実の目的のお店にたどり着いた。


何件か私が祐実と仲良くなかったら入ることはないであろうアパレルショップを一緒にまわり、祐実はいつの間にか両手に紙袋を2つずつさげていた。

ちょっと休憩ー、と駅の近くの広場にあるベンチに腰掛ける。

「ふぁぁ、また買いすぎちゃったなあ。これはまたバイト頑張らないと。」

「でもたくさん気に入ったものあってよかったね」

「そうなの!これ本当に売り切れ寸前だったし!雑誌で見て絶対欲しいと思ってたんだよねえ~」

雑誌を見てお目当てのものを買いに行く、なんて私は人生でしたことがなかった。

となりでその紙袋を持ち上げて幸せそうな祐実を見てると、なんであろうととりあえず私は幸せな気持ちになった。


「きゃっ、、!」

しばらくそのベンチで二人で和んでいたとき、突然女の子の小さな叫び声がした。

見ると小学校低学年くらいの女の子が私たちの座っているベンチの少し前で段差につまずいたらしく転んでいた。

「大丈夫?!」

先に走っていったのは祐実だった。倒れて今にも泣きそうな女の子に祐実が優しく声をかける。

「ゆきちゃんがあ、、。」

女の子は泣きそうになりながら自分の手に持っていた人形を見ていた。ゆきちゃんという名前らしい、その女の子の人形はよほど気に入っていたのか、ころんだときにも手に持っていたらしい。倒れた拍子に肩の部分が地面に擦れてほつれ、腕がもげてしまいそうになっていた。

「この子、ゆきちゃんって言うの?」

祐実がその子が泣き出さないように話しかけると女の子もぐすんっと鼻をすすりながら答えた。

「うん、、ゆきちゃんっていうの。パパが買ってくれたの、、。」

また泣きそうになってしまう女の子。

「ゆきちゃんお怪我しちゃってるねえ、、あなたは大丈夫?パパかママは?」

「私は大丈夫っ、、お兄ちゃんと一緒に来たんだけど、お兄ちゃん、、、いなくなっちゃって、、、、」

その女の子はまたしても涙をこらえている。お兄ちゃんとはぐれ、転んで、大切らしいゆきちゃんに怪我をさせ、散々な日になってしまいそうだ。

お兄ちゃんの特徴を聞いてみるがそれらしい人影は見当たらず、とりあえずここで一緒に待ってみることにした。

私は小さい子と話すのは得意じゃないけどそれは祐実が得意だから安心だった。


「お姉ちゃんたち、ゆきちゃんのお怪我治せる?」

雛というらしいその女の子は、祐実と話して少し元気を取り戻すとキラキラのビー玉のような目で私達にせがんだ。

「えっとねー、それは、、」

ちょっと困った祐実を察して、私は代わりに「貸してごらん」と女の子からゆきちゃんを受け取った。

ほつれてしまっているだけだから複雑な細工が必要なわけではなさそうだ。

「頑張ってみるからちょっとだけ待っててくれる?」

「うんっ!!」

私がそう伝えると雛ちゃんはきらきらの目をさらにきらきらさせて返事をした。

祐実はこんな雰囲気で実は手元が不器用、家庭科は大の苦手分野でちょこっと縫うのもこう言ってはなんだが結構ひどい。笑

私は家で"自分の"家事はよくやってるし、そういえば2日前に制服のシャツのボタンがとれたからソーイングセットを買って今日持っているかばんに入れっぱなしだったと思い出し、かばんの中を探るとまるで神様が今日のために私のシャツのボタンを外したんじゃないかと思うくらいちょうどよく、ソーイングセットが見つかった。


私がゆきちゃんのほつれた肩を縫っている間、祐実と雛ちゃんはいろいろな話をしていたらしい。(縫う方に集中していてよく聞いていなかった)

修復作業がラストスパートになったところで雛ちゃんがはぐれたお兄ちゃんの話をし始めた。

「お兄ちゃんはねえ、スポーツすっごく得意なの!」

「へえ、そうなんだあ。何が一番得意なの?」

「泳ぐの!!ママもやってたから、お兄ちゃんも得意なの!」

「ママもお兄ちゃんもなのかあすごいねえ。雛ちゃんは泳ぐの得意?」

「ううん、雛は得意じゃないけどぉ、、お兄ちゃんみたいになるんだ!」

「絶対なれるよ!お兄ちゃんにたくさん教えてもらえるね!」

「そうなんだ!い~っぱい教えてもらうんだ!…最近はあんまりプール連れて行ってくれないけど、、」

水泳が得意なお兄ちゃんいいねえ、ぜひともウチの部に入って欲しいなあ。

そんなこと思いながら聞いていると

ひなーーー。と叫び声が聞こえてきた。

「あ!お兄ちゃんだ!!!」

その声に即座に反応し、雛ちゃんは声の主のもとにダッシュする。

また転ぶのではないかと心配していたが、今度はきれいに段差を飛び越えてお兄ちゃんらしき人のところへたどり着いた。


私は急いでゆきちゃんの修復作業を済ませ顔をあげると、一生懸命なにかを話している雛ちゃんとその話を優しいほほえみで聞いているお兄ちゃんらしき人がいた。

む、、。

そのお兄ちゃんの姿に私は違和感を覚える。なにか見覚えが、、。

その姿を凝視しながら私は雛ちゃんと祐実の会話を思い出した。

泳ぐのが得意なお兄ちゃん、最近プールに連れて行ってくれないお兄ちゃん、、。

私がはっとしたタイミングとひなちゃんがこっちを指さすタイミングはほぼ同時であった。

にこやかなお兄ちゃんの顔がこちらを向く。そして目があった瞬間、その笑顔は硬直した。

お兄ちゃん?と硬直している松木くんの服の袖を心配そうに引っ張る雛ちゃんの姿。

間違いない、泳ぎの得意なお兄ちゃんとはまさに、松木拓斗のことであり、雛ちゃんとは松木君の妹らしかった。


そのまま何事もなかったかのように立ち去りたいが、ここでお人形のゆきちゃんが邪魔をする。

雛ちゃんとバツの悪そうな松木君がふたりでこっちに向かって歩いてきた。

「あ、、えーっと、、」

「…この間はどうもっ。」

気まずそうな松木くんの声を半ば遮るように、私は投げやりな挨拶をした。

祐実は私と松木くんを交互に見つめ、不思議そうな顔をしている。

「…みなちゃん、知り合い、、?」

意に介せないという祐実の質問に、んん、まあ、、となぜか曖昧に返事をしてしまう。

「このお姉ちゃんに直してもらってたんだよ―!」

何も知らない雛ちゃんは、私のことをご丁寧に松木くんに説明してくれているようだった。その声で私は自分がゆきちゃんの腕を直していたことを思い出し、はいっ、と雛ちゃんに、小さい女の子に渡すには少し強すぎる勢いでゆきちゃんを渡した。

お姉ちゃんありがとーっ!!と、雛ちゃんはよっぽど大切なのか、そのゆきちゃんというお人形をギュッと抱きしめた。

その姿が愛おしくて、こんな状況でありながらくすっと微笑んでしまう。


「あの、すいません、、妹が世話になったみたいで、、」

頭の後ろをかきながら、分が悪そうに松木くんはつぶやいた。

「ぜんぜんっ。ちょっと縫っただけだし、、、」

私と松木くんのなぜか微妙な距離にまたしても祐実ははてなを浮かべている。

松木くんはこの場を早く去りたいようで(そりゃそうだ)軽く会釈をすると、いくぞっと雛ちゃんの手をとって歩き出した。

雛ちゃんは一瞬呆気にとられていたが、松木くんに引っ張られながら「お姉ちゃんたちまたねーーーー!」と叫びながら、何事もなかったかのように松木くんと歩いていった。


「ねえ、みなちゃん何か隠してるー?誰なのあの男の子!!」

いつもは静かな祐実だが、松木くんたちがいなくなってから今回ばかりは質問攻めが激しかった。私はなんとなく、なぜかすべてを話したくないような気分で返事を濁しながら学校で会ったあの日とさっきの雛ちゃんの言葉を思い出す。

「もう泳がないんで」「最近はあんまりプール連れて行ってくれないけど、、」

その二言がやけに頭に残っていた。

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