16 オオサンショウウオみたいな扱い

『ヴァンとミーシャはエルフよね』


「いいえ、”黒のハイエルフ”ですよ」


 村にたどり着くまでは時間がかかる。


 2人が乗る巨大ロボ――人型戦車というそうだ――の傍を、シンクに乗ったままの俺たちが、並走してついて行く。


 森の中では、ギッコン、バッタン、ガックンで、散々な揺れを体験させられたが、平原に出たおかげが、揺れがかなり軽減された。

 乗用車として使うには振動があるものの、森の中と比べれば、乗り心地が格段に良くなった。



『エルフよね?』


「いいえ、黒のハイエルフですよ」


 ところで、移動の間は暇なのでおしゃべりしている女子2人。

 同じ質問と答えが、2度繰り返された。


 時間がループしているわけではない。

 大事な事なので、2度続いたのかもしれない。


『ちょっと待ってちょうだい。ハイエルフって本当なの!?

 私、エルフでさえ初めて見るのに、ハイエルフって……』



 俺とミーシャはファンタジー物の定番よろしく、エルフの尖った耳をしている。

 だから一目見て、エルフだと気づかれるのは当然。


 しかし、ハイエルフと聞いて、取り乱すカシュー。



「カシュー、ハイエルフは珍しいのでしょうか?」


『え、ええっ。何千年も前にいた、伝説の種族とか言われているわ。

 本当に、ミーシャたちはハイエルフなの?』


「そうですよ」


 人型戦車に乗っているので分かりにくいが、カシューの視線が、俺の方に向いた気がする。


「本物だよ。それとハイエルフでなく、黒のハイエルフ」


『う、うわーっ』


 俺も同意すると、なぜかカシューが深いため息を吐いた。


 おっさん臭い。

 可愛い女の子が出したらダメな声だ。


 人型戦車に乗っているので、中にいるカシュー本人はまだ見たことはないが。


 もしかして、声が可愛いだけのお姉系のおっさんじゃないよな?

 そうだったら、俺は泣くぞ。

 大泣きだ。



『あなたたち、私たち以外の人に、絶対にハイエルフって名乗っちゃダメよ。

 エルフで通しなさい。

 昔に滅びた種族って言われてるんだから、ハイエルフだとバレると、絶対ろくなことにならないわ!』


 かなり強い口調で、カシューに言われた。



 どうやらこの世界でのハイエルフの扱いは、日本でのオオサンショウウオみたいな扱いのよう。


 絶滅したか、しかけているような種族。


 そんなものを発見すれば、超貴重動物扱いされて、動物園みたいな施設に隔離されて死ぬまで飼われるか、あるいは法律も道徳心も無視したコレクターに売り飛ばされて、死ぬまで監禁されて愛でられるか。


 どっちの未来もイヤだなー。


『アスベルも2人の正体は黙ってなさい。いいわね!』


『ああっ』


 アスベルにも約束させるカシュー。

 ただ驚くカシューに比べて、アスベルの反応は薄かった。


 この人、本当に不愛想だな。




 なお、天空大地にあった資料では、黒のハイエルフは黄金の魔眼の予備ボディーとして、ごく少数が作られた。


 そして当時世界征服事業を遂行中だった彼は、忠誠を誓い、付き従う人間たちから、ごく一部の者を選び出し、彼らの脳を”ハイエルフ”へと移植した。


 この時のハイエルフのボディーも人工的に作られたもので、性能的には黒のハイエルフの超劣化版。


 黄金の魔眼は忠誠を誓う者であっても、自分と同じ黒のハイエルフの体を渡す気がなかったようだ。



 そんな超劣化版でしかないハイエルフだが、性能自体は人間以上。


 通常の人間に比べて高い身体能力を有し、寿命も1000年くらいある。


 と言っても、体がハイエルフになっても、脳みそ自体は人間のままなので、実際に1000年も生きることはできなかっただろう。


 このハイエルフも、黒のハイエルフと同じで、やはり人工子宮を通さなければ、子孫を残すことができない。


 仮に、黄金の魔眼に造られた第一世代の後に生まれた純血のハイエルフがいるとすれば、それらは全て人工子宮から生まれてきたハイエルフということになる。


 ただ、ハイエルフは完全に生殖能力を失っていないので、確率的にはかなり低いが、人間との間に子をなすことができる。



 昔、天空大地にいたご先祖様黒のハイエルフたちが、まだ地上と行き来できていた頃、地上にエルフの集落があるとの記録を残している。

 たしか、5千年くらい前の記録だったと思う。



 ハイエルフに関しては分からないが、人間との間に混血として生まれたエルフが、今も地上で生きているのだろう。


 ただしカシューの話から、かなりレアな種族だと思われる。




 さて、ハイエルフの事はさておき、話は現在に戻る。



『あなたたちは、森の奥から出てきたのよね。

 ということは、ハイエルフの集落があの森の中にあるの?』


「いいえ、黒のハイエルフは、残念ながら私と兄さんの2人だけです。

 既に両親もおじい様も他界していますので、集落と呼べるものはありませんよ。

 それに”住んでいた場所”は森の奥にありますが、あそこに辿り着ける者は、私たち以外誰もいません」


 俺たちの”住んでいた場所”に辿り着けないのは、本当の話。


 墜落した天空大地の残骸は、天空ロボ12体という超強力兵器が守護しているので、例え飛行戦艦が襲撃してきても撃退できる。


 カシューたちの乗る人型戦車では、1秒と経たずに溶岩の塊にかえられるだけだ。



『そうなの、たった2人の兄妹なのね』


 ところで、俺たちが2人しかいない黒のハイエルフ兄妹だと知ると、悲しそうな声になるカシュー。


「あら、落ち込まなくてもいいですよ、カシュー。

 私はこうしてカシューに出会えて、とても嬉しいですから」


 こりと笑うミーシャ。


 だから、その笑顔はどこから持ってきた。


 お前のそんな顔、100年以上一緒にいて、一度として見たことがないぞ。


 いつも無表情でいるか、俺を見下しているだろうが!



『そうね、ミーシャには私が付いてるから安心なさい』


「はい、カシュー」


 そんなことを思っている俺の前で、2人の女子は互いに友情を深めていた。



 てか、出会ってそれほど時間も経ってないのに、カシューがミーシャの保護者化し始めてないか?


 やめておいた方がいいぞ。

 あんな凶暴な妹……


 ――ギロッ


 お、俺は何も考えないぞー。

 アハハハーッ。


 やはり100年以上の付き合いのせいか、言葉がなくても俺の考えを見抜いてきたミーシャ。

 相変わらず恐ろしい妹だ。




『でも、2人だけの兄妹って話だけど、その人たちは?』


 ところでカシューの話題が、俺たちの護衛であるシュワルツロボや、メイド・料理長ロボへ向かう。


「ああ、これらは兄さんの作ったロボットです。

 見た目は人間に似せていますが、ただの機械ですよ」


『へっ、機械?

 どこからどう見ても、人間よね?』


 カシューの乗る人型戦車の顔が、シュワルツロボたちをじっと見る。



 フフフッ、俺の作ったロボたちに魅入っているな。


「凄いでしょう。どこからどう見ても人間に見えるよう、苦心10年の歳月を捧げて……フガッ」


 俺は自慢をしたい。


 シュワルツロボたちの凄さを、ミーシャは全く理解してくれない。

 しかし地上に降りてきたことで、初めて他の人にも語ることができる時が来た。


 が、即座に邪魔されてしまう。



「兄さん、カシューは私と話しているので、邪魔しないでくださいね」


「フゲフゲッ」


「お静かに、兄さん!」


「ひゃい(はいっ)!」


 ヤバイ。

 妹の眼力に抗えなくて、俺は自慢話を即座に打ち切った。


 まるで天空大地から突き落とされそうな、ヤバイ雰囲気が漂っていたぞ。


 ミーシャの場合、俺を空から突き落とさなくても、簡単に締め上げるこができるし。




『じゃあ、そっちのアーティファクトは?』


「それも俺が自作……」


 カシューの話題が、シンクたちにも向いた。


 俺、こいつらのことを自慢して聞かせたい。

 ミーシャは、俺がどれだけ苦労してシンクたちを作ったのかを話しても、まったく聞く耳をもってくれない。


 だから、それを聞いてきたカシューに……


「に・い・さ・ん」


「……」


 ミーシャ様には勝てないです。


 俺は小さくなって、その場に崩れ落ちる。




「僕たちはねー、マスターが作ってくれたんだよ」

「凄いでしょう」


「「「凄いんだよー」」」


 俺はミーシャの圧力に屈してしまったが、シンクたちはものともせずに、ノリノリで踊り始めた。


 キュートなボディーでクルクルと回転してみせて、2本のアームが可愛く動く。


「ああ、シンクは俺の心のオアシスだ」


 怖い妹と違って、こいつらは見ているだけで、俺のささくれた心を癒してくれる。

 ささくれる原因は、全てミーシャだが。



『あら、可愛い』


 そんなシンクたちのキュートさを、カシューも理解してくれた。


「ふふふ、シンクの愛らしさは、やはり世界一だな」


 製作者として、俺は鼻高々だ。




『ヴァン』


 そんな所で、これまでしゃべることがほぼなかったアスベルが、話しかけてきた。


「なんですかー?」


『自作って言ったが、こいつらは全部お前が作ったのか?』


「ふふふっ、そうですよ。

 このキュートで愛らしい、シンクたち。

 見ているだけで、心癒されるでしょう」


 カシューだけでなく、不愛想アスベルにまで、シンクたちの愛らしさが伝わったようだ。


 ここは製作者パパとして、シンクたちの素晴らしさを……


『……いや、そうは思わない』


「フグッ!」


 違った。


 やっぱりアスベルは、不愛想男だ。

 愛嬌なさすぎだろ。

 男に愛嬌を求めても意味はないが。


 シンクの可愛さを理解しないとは、なんて朴念仁だ。


『いいか、ヴァン。

 このロボットたちは、どこからどう見ても古代の遺物アーティファクト級の完成度だ。

 現代の技術で作れるものじゃない。

 お前がそんなものを作れると知られれば、命が危なくなるぞ』


「はいっ!?」


 ただの朴念仁男と思っていたら、俺の事を心配してくれてたよう。


『いいか、こいつらを作ったなんて、絶対に人前で言うな』


「は、はい」


 冗談抜きの声だったので、思わず素になって頷いた。




 天空大地にずっといたから知らなかったが、シンクたちを自作できるということは、地上ではとんでもない扱いされるらしい。


 たた、とんでもないの方向が、どういう方向にとんでもないかは、あまり知りたいと思えない。


 多くの人から崇められるのか。

 はたまた権力者などに囲われてしまい、兵器開発を延々と続けさせられる環境に放り込まれてしまうのか。

 はたまた、悪魔付き扱いされて、火刑に処されるとか?


 少なくとも、俺にとっていいことはなさそうなので、人前で言うのはやめておこう。




『アハハ』


「フフフッ」


 なお、男の俺たちがそんな話をしている間、いつの間にかカシューとミーシャが、にこやかに笑いあっていた。


 殺伐とした話でなく、彼女たちのふんわかほんわかした話題の方がいいなー。

 あっちの仲間に入りたい。




『ヴァン、レーザー兵器もなるべく人前で使うな。

 あれも古代の遺物アーティファクト扱いされているから、目立つことになるぞ』


「は、はーい」


 まだ、殺伐話が続いた。

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オンボロ天空大地に住むハイエルフだけど、天空大地が墜落したので妹と地上で生きていく エディ @edyedy

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