エピローグ

 室内を落ち着かない様子で歩きまわる長兄を、私達は笑いをこらえながら見守っていた。威厳ある国王という仮面は、どこかへ失せてしまっている。


「父上、お気持ちを、お察ししますが」

長兄の息子、王太子は苦言を呈し、王妃は、優雅に口元を扇で隠し、微笑んでいる。


 原因は、長兄の孫、王太子の子供達に仕えている護衛騎士達の父親、私達の弟だ。


 騎士の選抜試験を、首席と次席で合格した二人の顔を見た長兄は、二人を手元に置きたいと我儘を言った。国王陛下の我儘は絶対だ。総騎士団長は、若者二人を、王宮勤務、国王の孫の護衛騎士に任命した。


 田舎から出てきた二人を護衛騎士にすることに、反対の声もなかったわけではない。だが、兄弟は、王太子夫婦を悩ませていた、誰もが手を焼く利かん気の子供達を、瞬く間に手懐けた。領民の子供達を集めて野山を駆け回っていた二人にとって、王宮という閉ざされた空間で暴れている子供達を手玉に取るのは、容易かったらしい。


 弟に良く似た人懐っこい笑顔と、あの強かな商人の娘を思わせる飴と鞭の使い分けで、兄弟は王太子夫妻の悩みを解決した。田舎育ちと、侮る者もいたが、あの母親から教育を受けていた二人の敵ではなかった。


 子供達を椅子に座らせることが出来る護衛騎士の兄弟が、教育係も兼ねるようになったのは当然だ。今や二人が、王太子夫妻の子供達に仕えていることを、文句を言うものはいない。


 長兄は、弟夫婦を領地から呼び寄せる方法を思いついた。国王として、王太子夫妻の悩みを解決した、護衛騎士兼教育係の兄弟を育てた両親に報奨を与えると宣言した。次兄と私が、王都と領地を往復する際に、弟夫婦に会っている。長兄はそれが、相当に羨ましかったらしい。


 国王である長兄は、王都から離れることは難しい。長兄が弟を見たのは、あの戦争のあとの祝勝会が最後だ。妻と椅子に縋るように、血の気の引いた顔で立っていた弟が、元気になったのを確認したいといえば、聞こえは良い。


 王妃は、寝室での長兄の様子を教えてくれた。長兄は弟と話をしてみたいらしい。兄上と呼んでくれるだろうか、と言っているそうだ。


「あの方にとっての兄上は三人いらっしゃいますのに。どのように区別なさっておられましたの」

王妃の言葉への答えを、私は持ち合わせていなかった。


「区別する必要はなかった。前王妃派が、幅を利かせていた頃だ。会っていない」

遠眼鏡で見守っていただけだ。


 私の言葉に、王妃は目を見開いた。

「今更ですが、大変なご苦労があったのですね」

王妃の言葉に、過ぎ去った日々が、歴史という過去になりつつあることを実感した。


 嫉妬に狂った王妃が、王宮を支配していた血塗られた日々は、今も記憶の底にこびりついている。私達もそれぞれ結婚し、子供が生まれ、孫もいる。今になってようやく、許されないことをしたが、王妃も哀れな女だったと思えるようになった。


 あの頃、王妃はただ恐ろしいだけの女だった。王妃から小さな弟を守るため、私達兄弟は、知恵を絞った。喧嘩もしたが、団結した。兄弟同士で権力争いなどしている暇はなかった。強大だった王妃派の勢力を削ぐのに必死だった。


 王妃の凶行は、私達兄弟に権力闘争という選択肢を与えず、今の王国の安定をもたらす要因の一つとなったとも言える。皮肉なものだ。


 血塗られた時代は、既に歴史となった。記録だけでは、あの頃の緊張感を後世に伝えることは出来ないだろう。似たような時代がこないことを、願うばかりだ。


 未来を担う子供達は、私達の願いも知らず、伸び伸びと育っている。


 今日、子供達は、弟夫婦が連れてくる犬に会うため、大人しく部屋で勉強をしている。先に勉強をしておいたら、犬と遊べる時間が長くなるという護衛騎士の兄弟の話に、子供達は目を輝かせていた。その中に、次兄と私の孫達も、紛れ込んでいる。お陰でゆっくりできる。大変にありがたい。


 子供達には内密にしているが、王太子夫妻は、犬をもらい受けるつもりだ。弟夫婦からは、犬が王宮で問題を起こすかもしれないし、犬の性格も様々だから、会ってから決めてくださいとの返事がきた。


 護衛騎士の兄弟は、両親が今回連れてきた犬が駄目でも、両親に、別の犬を連れてきてくれと頼めば良いと、親使いが荒いことを言っている。領地にいる猟犬にも番犬にもならない犬が幸せになるし、自分達も両親に会えると、なかなかに図々しい。


 その案に一番乗り気なのは長兄だ。


 先触れが、弟夫婦の到着を告げた。

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「愛する方とは永遠に結ばれないでしょう」と予言された王子のお話 海堂 岬 @KaidoMisaki

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