必ず会おうは哀しきフラグ

七四六明

必ず会おうは哀しきフラグ

 二月十四日、夜。祖母死去の訃報。

 それが私が送られたバレンタインのプレゼントだった。要らなかった。


「じゃあね、お祖母ばあちゃん。また必ず会いに来るからね」


 約三年ほど前、介護施設にいた祖母に向けた言葉が、最期の言葉だった。

 その年、例の感染症が世界全土に蔓延し、施設は面会謝絶。私を含め、家族は祖母に会いに行く事が出来なかった。


 その後祖母は何度か病気を発症し、その度に回復し、施設と病院とを行き来するのを繰り返していた。

 重篤な症状もなかったため、このまま行けば、もうすぐ祖母に会えると私を含め、家族全員が希望を持ってその日を待ち焦がれていた。


 だが度重なる病気との戦いが、祖母の戦いに蓄積された結果だったのだろう。

 その日、祖母は突如体調を崩し、危篤の状態から回復する事無く永眠した。


 深夜の出来事だったため、私はもしや夢ではないかと一縷の希望を持っていたが、見事に打ち砕かれた。


 実の息子である父を含めた兄弟姉妹での話し合いの末、その月の末に葬儀が行なわれた。

 皮肉にも、葬儀場に飾られた祖母の遺体との対面が、あの日以来の再会となってしまった。


 号泣した。

 声を押し殺し、私は泣いた。

 化粧を施され、綺麗な顔で眠る祖母は、安らかだった。認知症だったからか、それとも痛みを感じる感覚さえ麻痺していたのか、安らかな最期だったと言う祖父の言葉に納得すると同時、安堵したのを覚えている。


 そしてこれも皮肉かな。

 祖母との別れの場にて、私は今まで疎遠になっていた従姉妹らと再会した。

 従姉妹の上の方は結婚の話もあったので、直におめでとうと言う事が出来たのは嬉しかったけれど、祖母に直接言いたかったという従姉妹の言葉に、私はまた泣きそうになった。


 葬儀が執り行われ、火葬される祖母に花や、生前身に着けていた物を棺桶に入れる時、私は祖母の体に触れた。


 冷たかった。

 霊安室に入っていたのだ。腐らせぬため、冷たい部屋に入っていたのだから当然だ。

 しかし、人としての温もりの一切もない冷たさに、私はまた涙した。


 従姉妹も叔母も叔父も、全員が涙しながら、祖母を彩っていく。

 同時、今まで一度も泣いているところなど見た事のなかった父の涙に、私の涙腺はまた刺激されて、私の涙は枯れることを知らなかった。


 葬儀は順調に執り行われ、火葬の間、昼食の時間。


 飯など喉も通らぬと思うだろうが、意外とすんなり入ってしまう。

 更には葬儀屋の一人が私達家族に、どうぞ食べて下さいと、祖母に備えていた分まで食べろと差し向けて来たから驚いた。


 けれど私は都合よく、そこに祖母の影を見た。


 祖母は戦争体験者だった。

 息子である父を含めた我が子、そして初孫である私を含めた孫一同に、たくさん食べさせるのが好きで、おかわりを要求すると、最初の1.5倍で返って来るのがお決まりだった。


 そんな祖母が、元気を出しなと、たくさん食べなさいと言っている様で、私は祖母の分のお昼まで食べた。

 祖母の笑顔が見えたようだった。正直、味などわからなかった。

 ただ感動し、食べ尽くすのみに没頭し、火葬が終わるのを待った。


 火葬が終わり、祖母の遺骨が目の前に現れた。

 幼少期に祖母と行った、博物館の化石発掘コーナーを思い出したのは、きっと私だけだろう。お陰でその時に涙はしなかったが、遂に骨になったと項垂れる祖父に、私は何と言って良いのかわからなかった。

 そしてその遺骨の入った骨壺を、孫代表として私が家に持ち帰る事となっていた。


 その時、私は感じたのだ。


 温もり。

 無論それは、火葬されたための熱だ。焼かれた骨の余熱であり、祖母の体温でない事は重々承知している。

 だが今さっき、触れた冷たい祖母の体にはない熱が、私の涙腺を刺激した。


 私は骨壺を割らぬように抱き締め、祖母の遺した最後の熱を、壺を乗せた膝で感じ続けた。


 そうして抱き締めているうち、祖母と共に、私は祖父母の家に帰宅した。

 こんな形で帰って来てほしくなどなかった。元気な祖母と、また笑い合って話したかった。

 認知症の進んでいた祖母は、私を息子の父と混同していたので、ちゃんと会話が成立しているかは疑問だったけれど、それでも私は、最期にもう一言だけでも交わしたかった。


「じゃあね、お祖母ばあちゃん。また必ず会いに来るからね」


 仮にも物書きならば、私はこんな見え透いたフラグの立つ言葉に気付くべきだった。

 よもや再会を誓う言葉が、最期の言葉になるだなんて思わなかった。人の最期と言うのは、何と唐突で、何と一瞬なのだろう。

 私は、身内の初めての死を悲しみ、未だ恐怖している。


 そして今月、祖母の四九日を迎える。

 祖母の遺骨を、先祖代々の墓に埋葬する日だ。

 その時、もう冷たくなってしまった骨壺を抱きかかえたなら、私はまた泣いてしまうやもしれない。


 だがせめてキチンとさようならを交わし、私は祖母を眠らせようと思う。

 祖父母の両親が眠る墓で、祖母が感動的再会を果たせるように。息子である父を、その息子から出来た初めての孫である私を褒めてくれるように。


 そして後何年。何十年後かはわからない。

 けれどいつか、必ず会おう。


 今度は永遠に別れる事のない。せせらぎの聞こえる川の向こうで、ゆっくりと話そう。

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