青い卵

洞貝 渉

青い卵

 おかしいな、と思ったのはどのタイミングだっただろうか。

 


 この町では定期的に人が行方不明になっている。

 原因はわからない。

 私の住むところはド田舎とまではいかないまでも、隣近所の人の顔と名前くらいならお互いに知っている程度には、そこそこ田舎な町。

 大きな事件も起こらない、小さな、顔見知りだらけの町で、なぜか行方不明になるものが後を絶たない。


 それと関係があるのかどうかは知らないけれど、この町には変な都市伝説がある。


 “青い羽根が人々を導く。”

 

 意味はよくわからないけれど、時折、確かに道端に青い羽根が落ちていることがある。この町に住んでいると当たり前のことなので、気にしたことはなかったが、その羽根のサイズは、ちょっと普通の鳥よりも大きい。

 それに、誰もその羽根のサイズ感のある青い鳥を見たことはなかった。


 変だとは思わないの? おかしいなと思ったことはないの? 知りたいと思ったことはないの?

 オンラインゲームで知り合ったよそ者に無邪気に問われ、私も無邪気に返す。

 考えたこともなかった。別にここだと普通のことだったから。逆に聞くけどそんなに気になるものなのか? 

 私はあの時、もっと真剣に考えるべきだったのかもしれない。

 

 青い羽根が数十枚、密集して落ちていた。

 珍しいことだった。

 いつもなら、多くてせいぜい二、三枚が近くに落ちている程度で。

 なんとなく目を引いて、近づいた。羽根の下に、青い卵があった。


 “青い羽根が人々を導く。”


 そんな世迷言を真に受けていたわけではないけれど。

 私はその時、他人にしてみたら些細だけど、私にとっては人生の方向性を大きく決定付けるような決断を迫られていて、非常に悩んでいた。

 ほとんど何も考えず、私は青い卵を持ち帰り、世話することにした。


 

 おかしいな、と思ったのはどのタイミングだっただろうか。


 青い卵の成長速度は異常だった。

 拾ってきて数日で、手のひらサイズだったのが、大型犬くらいの大きさまで育った。不気味さは感じなかったし、その時点でもまだおかしいとは思っていなかった。

 

 最終的に私の背丈よりも大きくなり、殻の中からカリカリカリと引っ掻くような音が絶え間なく聞こえるようになった時には、さすがにおかしいと思っていたはずだ。

 だが、何がどうおかしいのか、すでに私にはわからなくなっていたように思う。


 ……なんでもいい。

 もうすぐ青い卵から雛が孵る。

 もうすぐ、

 青い卵にひびが入る。

 ガリガリガリという音がどんどん大きくなっていく。

 

 青い卵に入った亀裂が大きくなり、上部から私の腕よりも巨大なくちばしが現れる。一度卵の中に引っ込んで、また勢いよく突き出される。数回その動作が繰り返され、鳥の身体の半分くらいが露になる。

 鳥はあの時落ちていた羽根と同じ色をしていた。

 

 ――ようやく君と出会うことができた。

 鳥が口をきいた。

 目だけでにいっと笑う。

 ――だけれども、出会ってすぐなのに、さよならだ。


 声を上げる間もなかった。

 青い鳥は大きなくちばしをめいいっぱい開き、私を一飲みにした。

 

 飲み込まれる瞬間、行方不明になった人たちの末路はこうだったのか、それにしても鳥のくちばしの内側も、思いの外青いんだな、と妙に納得した。

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