マッチポンプアプリ
真野てん
第1話
素敵な出会いをあなたに――。
大学時代から付き合っていた彼女に振られて早や二か月。
取り立ててやることもなく、週末にひとりスマホゲームの周回を進めていると、そんな謳い文句の広告が流れてきた。
「ん? 新手の出会い系か?」
以前、似たようなサイトに友人が手を出し、かなり痛い目に遭っているのを間近で見ているので躊躇したが、仕事をして帰って寝るだけの誰も出迎えてくれなくなったこの部屋と、ぽっかりと空いてしまったさびしい週末とには、そろそろ嫌気がさしていた。
また太字で大きく表示された「登録料ナシ。男性会員様のマッチング無料!」の文字に、俺の心は激しく揺れる。
「……まあタダなら登録だけでも」
このアプリの運営会社はこの辺の消費者心理をよく分かっているのだろう。
俺はひとりの部屋で誰に言い訳するでもなく、そう口にしながら、アプリのダウンロードをし会員登録を手早く済ませた。
するとすぐに「会員登録ありがとうございます」と、アプリからショートメッセージが送られてきた。続けてメッセージ内のリンクへと案内され、どんな女性とどういうシチュエーションで出会いたいかという詳細なアンケートに答えるよう促されたのである。
なるほど。
この辺のサービスが競合他社との差別化となっているのだな、と。
ちょっとした遊び感覚もあり、俺はアンケートに次々と答えていった。
「髪はショートカット。小柄、色白。巨乳……じゃなくてもいいか。出会い方はそうだな――」
アンケートが終了すると「アンケートへのご回答ありがとうございます」と、再びアプリからショートメッセージが送られてきた。
確認程度の軽い気持ちで眺めていたのだが、最後のほうの文面に目を疑った。
――これから数日後に、ご希望のシチュエーションにきわめて類似した出来事が起きます。それは相手方とのマッチングの結果ですので、お気に召しましたらお受け入れください。状況そのものは当方でも制御いたしかねますので、ぜひお見逃しないよう――。
「マジか……」
どうやらとんでもないアプリに登録してしまったと、このときは半信半疑だったのだが。
まさかその三日後に、本当に彼女と出会うなんて。
「はい、りょうタン、あ~ん」
色白小柄ショートカット。
笑うとほっぺにエクボの出来る、料理上手で家庭的な年下女性。
そんな理想の彼女が今まさに、さびしかった週末の俺の部屋で、あんかけスパをあ~んしてくれている。信じがたいが、あのアプリの優秀性を認めざるを得ない。
出会ったのは仕事帰りにいつもよる本屋だった。
本棚の高いところにある商品を取ろうとして、背伸びをしている彼女に声を掛けて、本を取ってあげたのが恋の始まりだった。
例のアンケートには「コンビニで買い物をしていたら、同じ商品に手を伸ばし、触れ合った指先から恋に落ちる」と回答していた。
たしかにシチュエーションは違えど、希望通りの出会い方である。なんならこっちのほうが良かったまである。
俺はこのアプリのおかげでさびしい人生とおさらばできた。
すこしでも胡散臭いと思ってしまった、当初の自分に「このバカチンが」と叱ってやりたい。
ああ、幸せだ。
なんて素晴らしいアプリなんだろう。
こんな毎日がずっと続けばいいのに――と、このときの俺は思っていた。
あれから二か月、例のアプリのことなど使ったことすら忘れていた頃だ。
困ったことになった。
なんといまの彼女とは別に、他に好きになってしまった女性がいるのだ。
その女性とはコンビニで出会った。おなじ商品を取ろうとして、手が触れてしまったことが恋に落ちるきっかけだった。
いまの彼女とはなんの問題もなく円満に続いている。
しかしコンビニで出会った女性とも、出会ったその日にはもう身も心も許し合った仲だ。
このまま二股を続けていくのも男としては本懐なのだろう。
しかし俺はクズにはなりたくはない。
そんなときだった。
スマホに一件のショートメッセージが入る。いまの彼女と付き合い始めてから、とんとご無沙汰であった例のアプリからだ。件名は「アフターサービスについて」であった。
その内容に俺は目を
――あれからご連絡もなくご無礼をしております。当方のサービスにはご満足いただけたでしょうか。わたくし共はつねにお客さま方への素敵な出会いをご提供いたしたく、日々、努力をしておりますが、円満なお別れの仕方もプランとしてご用意させていただいております。もしそういったお手伝いがご入用でしたら、30万円にて承りますのでご検討を――。
つぎの日。
俺は指定口座に30万円を振り込んだ。
あんな素敵な彼女を傷つけずに別れられるのなら、そんなに高くない買い物だ。
ああ。なんて素晴らしいアプリなんだろう。
マッチポンプアプリ 真野てん @heberex
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