出会い系と別れ
青キング(Aoking)
出会い系と別れ
とある駅舎の前でホワイトセーターに黒のロングタイトスカートを履いた黒髪の美女が愛くるしさを撒くように微笑みながら小さく手を振った。
美女が手を振っている相手はコットンのシャツにベストタイプのパーカーを羽織った伊達男。
伊達男の名前は二宮一輝といい、出会い系サイトで知り合った女性とデートし、行為にまで至った人数が百を超える出会い房を趣味にしている青年だ。
二宮は美女に笑顔で手を振り返しながら駅舎の中へ入っていく。
まばらな駅舎内の人波に紛れると二宮は顔から爽やかな笑顔を消した。
凛々しく整った顔立ちに無感動な表情が宿る。
今日の相手は九十一点かな。
百点満点で考えれば高評価のはずだが、二宮の顔は晴れていなかった。
「悪くはない、か」
評価の妥当性を自ら認めながら呟く。
駅舎の中の雑踏を歩き、改札を抜けるとプラットホームに降り立った。
ホームに滑り込んできた車両に乗り込み、訳もなく目についた空座席に腰を下ろす。
列車が動き出すと車両内が少しだけ揺れた。
そこでふと二宮は、先週は耳にしなかったポップな洋楽を車両内で聞いた。
洋楽の出所を探すと、それはドアの上に埋め込まれた液晶画面から流れる車内広告だった。
何の広告だろうかと、考えることもなく二宮が眺めていると目が微かに見開かれる。
○○国際高等学校。
偶然にも広告されていたのは彼の母校だった。
高校生って何年前だろうな。
現在から逆算して八年経っていると気が付く。
体感よりも経過しているものだと思った。
二宮がぼんやりと時の流れを感じていると、広告は著名な卒業生の紹介に移った。
宣材写真とともに紹介文が表示されているが、二宮の目は宣材写真に釘付けになる。
宣材写真の人物は、流通業界に詳しい専門家でワイドショーのコメンテーターとしても人気を博している、二宮の元クラスメイトだった。
確か、根暗でバカ真面目な眼鏡をかけた奴だったな。
高校時代から男女ともに明るい人付き合いの多かった二宮は、かろうじて元クラスメイトの高校時代の姿を思い出す。
画面が切り替わり、次の宣材写真と紹介文を写す。
二宮の目がさらに見開かれる。
賞レースで優勝した人気お笑い芸人でぽっちゃり役で俳優としても活躍する、二宮の元クラスメイトだった。
確か、オドオドしてたクソデブか。
宣材写真から時を遡って、クソデブと蔑んでいたクラスメイトの記憶を絞り出す。
「そんな顔で笑う奴だったのかよ」
宣材写真のおちゃらけた笑顔の元クラスメイトを見て、急に湧いてきた苛立ちのままにぼやいた。
記憶と現実の乖離に感情が整理できないでいると、またも画面が切り替わる。
次の宣材写真と紹介文を写した。
二宮は眼球が飛び出さんばかりに目を瞠った。
宣材写真の人物は、オリコン一位を獲得したイケメン男性ユニットの代表曲を筆頭に、数々の人気曲を生み出した新鋭の作曲家である、二宮の元クラスメイトだった。
確か、文化祭で音痴を晒してたミュージシャン気取りの奴か。
高校の文化祭で調子外れな歌声に不快感を覚えた記憶が蘇る。
「西欧の音楽家かよ」
宣材写真のパーマが掛かったロン毛が妙に目に障った。
俄かに湧き出してきた憤懣がが腑に落ちないでいると、画面が切り替わる。
二宮の母校の広告は唐突に終わり、関係なき企業の宣伝が始まった。
画面を無為に見つめる二宮の意識に暗い影が差す。
何かを取りこぼしたかのように両掌に目を落とした。
俺はこの八年間で何を得た?
自問自答するも胸を張って答えらなかった。
途端に二宮は怯懦に襲われた。
どうすれば専門家になれる? どうすれば芸人やりながら俳優もできる? どうすれば人気曲をいくつも作り出せる? どうすれば、どうすれば、どうすれば…………
わからない。
二宮はわからなかった。
自分がどうして女と会っているのか?
どうして女と会うために身だしなみに気を遣っているのか?
モテたくてモテているわけではないのじゃないか?
ただ自分の持っているものを使って遊惰を貪っているだけではないのか?
女と会う餌を追いかけて同じ所を延々と駆け回る馬鹿な犬のようではないか?
俺は、進んでいない。
物凄く自身が小さく思えてしまった。
このままではいけない。
二宮は衝動に任せてスマホをズボンのポケットから取り出す。
掛け持ちしていた出会い系アプリ全てでアカウント消去とログアウトをし、アプリ自体をアンインストールした。女性の連絡先も全て消去する。
これで馬鹿な犬が追いかける餌は無くなった。
「甘い餌の見つからない犬はこれからどうするだろうな?」
新しい餌は見つかるのだろうか。
車内広告はすでに次の広告に切り替わっていた。
出会い系と別れ 青キング(Aoking) @112428
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