どうしても、はにかむキミが俺には眩しい

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第1話 3年間温めて、終わったソレは再び出逢う



 そよりと吹き抜けた風が、木々の間を優しく抜けた。 

 旅立ち日和の青空にピンク色が舞い上がり、だらしなく開いたままのブレザーからまだ少し冷たい風が侵入してくる。


 

 3年分の年季が入った制服には、もうボタンは一つもない。

 前どころか袖のボタンさえ毟られて、ついでに言えばネクタイも無い。


 が、これは何も色っぽい話なんかじゃなかった。

 野球部の賑やかな後輩連中から、遊び半分・思い出半分にもぎ取られた結果である。


「……まぁ確かに、無くしたんならしょうがないけど」


 ポツリとそう呟いたのは、ネクタイの事である。

 

 後輩たちの一人が顔の前で手を合わせて「ネクタイ無くしちゃったんす! 先輩のくださいっ!」と言ってくるんだから、面倒見のいい先輩としてやってる俺は断れない。


 そもそも残していた所で、使い道など無いのである。

 どうして「ダメ」と言えるだろう。



 裏庭の、早咲きの桜があるこの場所は、ひっそりとしていてとても静かだ。


 むしろ、もしかしたらここに桜があること自体知らない人が大半かも。

 そんな風に思うのは、正に俺が偶然通りかかりでもしなかったら知らないまま終わっていた筈だからだろう。


「それにしても綺麗だなぁ」


 後者の壁に背中を預け、胡坐を掻いて呟いた。

 誰も居ないその場所で誰に言うでもなく告げた言葉これは、紛れもない俺の本心だ。


 普段ならこんな純朴でストレートな感想、絶対に口に出したりしない。

 だからこれも、やはり誰の耳にも届かずただ春空に溶けていく。

 その筈だった。


 それなのに。


「うん、綺麗だねぇ」


 言われてバッと振り返る。


 振り返れば、頭のすぐ上、廊下に付いてる開け放たれていた窓から誰かが、ヒョコッと顔を出していた。

 さんに腕をつき桜を見つめる彼女の瞳はまっすぐだ。



 誰かなんて、知らない方がどうかしている。

 

 高校からの3年間。

 同じ学校で同じクラス。

 文系クラスなんて7つもあるんだから、実に稀有な相手である。


 とはいえ別に、特別仲が良いわけじゃない。

 ――否、普通に仲が良いわけでも無い。

 お互いに顔を知ってるし、認識だって出来ている。


 けっして避けてた訳ではない。

 が、必要以上な会話をする間でもない。

 俺と彼女は3年間、そういう関係性だったのだ。


古暮こぐれくんはどうしてここに?」

「いや別に、ただ静かなところに逃げて来ただけ。……新橋さんは?」

「私はちょっと、名残惜しくて」


 だから最後に校舎を歩いて回ってたんだ。

 彼女はそう、はにかんだ。



 動きに揺れる黒髪、俺が映った黒い瞳。

 いつも腐るほど見てきた筈の制服の紺も、首元に付いた深紅のリボンも。

 何の変哲もない白いワイシャツさえ、ただ「見納めだ」と思っただけでこんなにも目が眩む。


 ――見納めなのに、最後なのに、眩んでちゃぁ世話ないな。

 恥ずかしさが勝って視線を桜に戻した後で、そんな自分の情けなさに口の端で苦笑した。


「古暮くんは、確か県立大だっけ?」

「うん、まぁどうにか通ったよ」

「凄いなぁ。私なんて『受かりっこない』って思って私立大一択だったよ」


 おそらく口を尖らせている彼女の羨ましそうな声に、俺は素っ気なく「ふぅん」と答える。


 俺達が2人でこんなに話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 そして多分、最後だろう。

 

 目指す夢も違っていれば、共通の趣味もない。

 通う大学だって違う。

 連絡先など知る訳もなく、聞けるほどの度胸も無い。


「不思議だなぁ。いつもと同じ場所なのに、今日で最後って思うだけでとっても離れがたくなる」


 呟くように、唄うように、彼女のクリアな声が言った。


 俺は何も答えない。

 でも心で、同意した。



 毎日、だ。

 朝には出逢って夕方に別れる。

 そんな生活を3年間。


 それなのに、今日は一層離れがたく、柄にもなく「この何でもない時間が、永遠に止まってくればいいのに」――なんて思ってしまった。



 

 高校を卒業し、もうすぐ大学へと進学する。

 

 今までずっと野球三昧だった春休みは、これから始まるバラ色の大学生活の為の準備に充てねばならない。

 初めてのスーツ、髪の毛を切って少し染めて大人を目指して背伸びする。

 そんな日々の中に『軍資金集め』というものもある。


 早い話が、バイトである。


「あのぉー」

「はい?」

「今日からお世話になる古暮ですが……」


 先日受かったバイト先に裏からひょっこり顔を出せば、中に居た大人が応じてくれた。

 俺の名前に心当たりがあるのだろう。

 「はいはい」という小気味いい返事をしながらやってきたのは、中年と言うには少し若い男だった。


「店長から聞いてるよ、ようこそ古暮くん。チーフの上野井です」

「あ、どうも。古暮です」

 

 改めてそんな挨拶を交わし、スタッフルームに招かれる。


「じゃぁまずは制服を用意してるから、それに着替えてもらって――あぁちょっと!」


 話し途中で上野井さんが、少し前を通り抜けた人影を呼んだ。

 すると一歩二歩と、巻き戻しでもするかのように足取りを戻す少女が居る。



 思わず目を見開いた。


 動きに揺れる黒い髪、俺を映す黒い瞳。

 山吹色のシャツの上に黒いベストを付けたその子は、俺の知ってる彼女だった。


「新橋さん、紹介するね。今日から入る――」


 上野井さんが何かを言ってくれているが、俺の耳には入らない。


  

 心臓に甘い痺れを感じた。


 もう見納めた筈の人が、見納めたまま色褪せるしかないだろうと思っていた筈の人が、目の前で今俺を見ている。

 その事に、ただただ驚く一方で何かがブワッと膨れ上がる。


 この一瞬で、褪せさせようと必死だった俺の中の彼女の姿が、鮮烈に、そして劇的に。

 上塗りされて蘇った。


 ついでに世界も丸ごと全部、パステルカラーに塗り替えられたような感覚に、どうにも頭がクラクラしてくる。


 

 驚いたような顔の彼女に、上野井さんが「あれ? もしかして知り合いだった?」と尋ねていた。

 すると新橋さんはふわりと笑い、「はい、同じクラスだった子で」と言う。


「久しぶり、で、良いのかな?」


 僅か14日ぶりに見る、はにかみ顔をした彼女。

 ただの元クラスメート相手に向けたその笑顔は、その再会をひどく喜んでいる様に見えた。

 

 分かってる。

 これは絶対自意識過剰だ。



 カッと上がる体温が、俺に「おぅ」と素っ気ない声を返させた。

 桃色に色付いたあの日の桜が、ふと脳裏に思い出された。



~~Fin.


――――――


 お読みいただき、ありがとうございました。


 本作はKAC2022と第七お題、『出会いと別れ』の参加作品として書きました。

 ガチの青春ものとして書いたんですが、いかがでしたかね?


 作中で一度も直接的な好意の言葉を使わない様にしたんですが、それでもこの淡い恋心、伝わってれば良いんだけど。


 あ、お題の『出会いと別れ』が作中では逆になってしまったのはご愛敬ですよ?(笑)

 


 さて。

 最後になりますが、もし


「面白かった」

「キュンとした」

「俺も出会いてぇー!」


 と思った方がいらっしゃれば、評価(★)をくださいな。

 作者がとっても喜びます。

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