娘の卒業式
下之森茂
反抗期は訪れる
今日は娘の卒業式だった
娘に反抗期は無いものと
長年ふたりで過ごしてきたが、
ついにこの日が訪れてしまった
なにを言っても私の言葉など
聞き入れてくれないのは
とても悲しいものだった
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娘と私は血が繋がっていない
両親の長い介護生活に疲れた私に
知り合いが紹介してくれたのが
きっかけだった
正直言って私は気乗りしなかった
当然だ。
50歳過ぎの独身男に7歳の女の子。
犯罪的な絵面だ
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初めはぎこちない共同生活だった
娘を学校に通わせている間が
安らぎのときでさえあった
家の中に他人がいることに
恐怖心さえ覚えた
しかし慣れとは恐ろしいものだ
パーソナルスペースさえ把握してしまえば
恐れることはなにもなかった
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娘に対して気をつけることがいくつかある
・プライバシーを守ること
・スキンシップを強要しないこと
・言葉づかい
特に3つ目が一番大事だ。
自分の喋り方を娘はマネをする
それがどんなに汚い言葉でも、
純粋無垢な彼女には理解できない
一番苦労した点かもしれない
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娘の前では些細な言葉にも
気をつけなければいけない
ひとりでゲームをしているときも、
わめき散らすのは厳禁だ
ゲームで負けた憂さ晴らしに、
クッションを叩く前に
ゲームを辞めた方が健全だった
決してゲームが悪いわけではない
ゲームに寄り添えない自分が悪いのだ
――――――――――――――――――――
見えない相手、いない存在ならば
なにを言っても良いわけではない
モノのように扱うのは愚の骨頂だ
ひとりのときでも常に相手を意識する
自分の言葉はやがて自分に返ってくる
私を見る娘の綺麗な瞳が、
そう言っているように思えた
娘のおかげで、
私は自分を見つめ直すことができた
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言葉もゾーニングされる時代だ
昔は普通に使われていた名称も、
いまでは区別され、ときには禁止もされた
若い頃は不便にしか思えなかった制約で
相手をからかう為に使ったりもした
ただ不快だから禁止されたわけではない
そこにはちゃんとした背景が存在する
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男手ひとつで育てるのは大変だった
などという発言は
差別的だと責められるので
気をつけなければいけない
大変ではない子育てなんてないだろうし、
性差で楽になることなんてまずはない
とはいえ親の心子知らず
娘は勝手に成長するのである
いまどきの子は…などとグチりたくもなる
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娘を通じて、外との世界の繋がりが増えた
介護の世界が狭かったわけではないし、
むしろ色々と助けてもらった部分も多いが
両親が去った後は、私から一方的に
途切れさせてしまったせいもある
同じような境遇のひとにも出会えた
互いの苦労話に花を咲かせることもあった
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仲良くなった友人の娘に反抗期が来た
私の娘と同い年で中学の同級生
中学校には来なくなり、
卒業式を迎えて友人との連絡は途絶えた
両親が世を去ったときのような
悲しさが思い出す
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かける言葉がなかった
自分の娘に対する恐怖心さえも芽生えた
普段交わしている挨拶も、
返ってこなくなるのは
想像するだけで恐ろしい
両親はベッドの上で苦しみ、
苦しみのあまり汚言を吐き散らした
私にはそれが染み付いてしまっている
――――――――――――――――――――
いまは娘を一番に考えている
彼女と出会った頃とはまるで違う
自分でも信じがたいことだった
その思いが彼女にも通じたのか、
いつものように挨拶をしてくれるし
めでたく高校まで進学した
しかしそんな日常は長く続かなかった
私はそれを知っていた
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ついに娘に反抗期が訪れた
初めは気の所為だと思った
普段よりも小さな声で呼びかけてしまった
反応しづらい言葉だったかもしれない
いまはスキンシップを望んでいないだけ
自分で自分を納得させるために
自己暗示をかけた
娘は成長はできるが劣化は免れない。
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定期検診で娘と
専門の病院に行ったときに知らされた
反抗期。
それを聞いて私はしばらく泣いていた
改めて、それがいい言葉だと思った
彼女は反抗期なので、
名前を呼んでも気づかないフリをするし
言葉をかけても気にしないフリをする
手に触れても触れられないフリをした
娘はたしかに故障した
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しかしだれかに故障などと言われたくはない
私の娘だ
大事に育ててきた私の娘を
モノのように扱われたくはない
機械人形とはいえ一緒に過ごしてきた時間を
故障のひとことで片付けられるものではない
私にとって反抗期というのは、
それほどいい言葉だった
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今日は娘の通う学校で卒業式を済ませた
彼女の映るアルバムを見る
娘と過ごした時間を思い出す
彼女はもう居ない
涙するたびに
私はもっと上手く親をやれたのでは
という後悔がよぎる
そして以前娘を通じて
出会った友人から久々に連絡があった
私は友人のアドバイスで
またひとり娘を迎え入れた
(了)
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『娘の卒業式』(c)2022 UTF.
この作品はフィクションです。
実在の人物・団体や
企業などとは関係ありません。
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娘の卒業式 下之森茂 @UTF
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