iBook G4の思い出

萌木野めい

重くて熱々、遅い

 あるノートパソコンが好きすぎた話をします。


 もう十五年程Macを使っていますが、使い始めたのは大学入学がきっかけでした。

 私の入学した学科では当時、Macのノートパソコンの購入が指定されていました。親からは問答無用で一番安いのにしなさいということで選んだのがiBookG4でした。(以下iBookと表記します)


 当時、Appleは初めてIntelが搭載された初代MacBookが出たばかりです。iBookはIntelが入っていない最後のモデルとして在庫処分でかなり値引きされていました。


 大学生協の斡旋で購入したので他にも買ってる人はいるだろうと思ったら、同じ学科の他の子は殆ど新製品のMacBookを買っていて、ibookを使っている子は私の他にほぼ居ませんでした。

 iBookは売れ残りのあぶれた子でした。最初にiBookに愛着を抱くきっかけになったのはそこかもしれません。


 今のMacBook ProやMacBook Airはボディがアルミでしゅっとして大変かっこいいのですが、iBookはポリカーボネートの真っ白ボディが安っぽくてぺかぺかして、パソコンというよりおもちゃみたいで、分厚い四角さがお弁当箱みたいでした。

 いわゆる普通のWindowsのデスクトップパソコンしか見たことの無かった私は、iBookのパソコンとしての存在が何だか冗談みたいでした。


 使ってみると、長方形というよりは正方形に近く感じるモニタ縦横比感はずんぐりしていて、持ち運ぶにはとにかく重く、周りの子のMacBookより遅い挙動で、バッテリーは目玉焼き出来るわというくらい熱々になりました。

 因みに今調べてたらバッテリーが熱々になる件はリコールになってました。納得しました。


 ひたすら垢抜けなくて手がかかってずんぐりしてるパソコン。

 多分、それが自分みたいだったから。

 だからこんなに気になって、好きになったのだと今思います。


 —


 大学の同級生達は皆、驚くほど優秀でした。

 そうでも無かった私は、出来の良い同級生の課題を前に自尊心を扱いきれず勝手に自爆したり、ちょっと褒められて図に乗ったり、友達の意識高めの話に上手く入れなくてものすごく落ち込んだり、今思い出すとそんなことばかりでした。

 大学全部の思い出を合わせたら、ギリギリで楽しかった思い出の方少しだけ上回るかな、というくらいです。

 夫も同じ学科なので、あの大学で過ごせて良かったと思うけど、当時はただ焦りばかりでその大切な時間を楽しめていなかったことが、今となっては少し悔やまれます。

 でも、当時の私にはどうしようも無かったなとも思います。


 そして、それらのどちらかと言うと辛い思い出の全ての通り道に一緒にいたのがiBookでした。

 大学では常にパソコンを使う課題があるので、私は毎日iBookを使いました。

 課題のプレゼンボードを作り、画像や動画を編集し、軽音部の友達のライブのチラシを作り、写真をピカサにアップして、Excel(そういえばこれも学校の指定でわざわざMac版Office入れさせられていました)でデータをまとめながら卒論を書きました。

 ずんぐりボディのiBookはフリーズしたり熱々になりながらも、拙い私の注文を全てこなして私の学生生活を支えてくれました。


 iBookは電源をつけたままパソコンを閉じると、側面についたスタンバイ状態を示す白いランプが光ります。ぽわー、ぽわーと浮かび上がる様に現れては消え、ゆっくり点滅します。


 私は毎夜、机の上に置かれたiBookのランプを見つめながら、一人暮らしのアパートで眠りました。

 課題のこと、人間関係、親のこと、恋人のこと、将来のこと、その他あらゆる不安を考えながら、iBookのぽわーを見つめ、布団の中で丸まっていました。

 あまりに見つめていたので、ぽわーの点滅のタイミングをはっきりと脳内で再生出来ます。

 iBookのぽわーを見つめながら眠った数えきれない夜が今の私を作っている。それだけは間違い無いと、確かに思います。


 —


 最初は真っ白だったボディも薄汚れて傷だらけになってきたiBookが完全に壊れたのは、修士論文が佳境の冬でした。入学してから六年もほぼ毎日使っていたのだから天寿を全うしたと言って良いでしょう。

 論文のデータは全てクラウド上に保持していたためダメージがゼロだったことは不幸中の幸いでした。残りの論文は研究室の共有パソコンなどで無事に仕上げた気がします。


 その日は雪が降っていて、私は窓に面していた研究室の自分の座席で空にちらちらする雪を見ながら、起動のアイコンの遅い遅い進みを見つめていました。

 色々と試して遂にもうiBookが二度と動かないと分かった時、自分でも不思議なくらいに寂しくありませんでした。

 ただ、ひたすらに、このiBookと一緒に学生生活を過ごせて良かったと、そう思いました。


 それは、もうすぐそこまで終わりが見えていた学生生活の情けなさ、上手くいかなさ、やるせなさを段々と受け入れられ始めていたからだったのかもしれません。


 確実に、私の大学時代を一番知ってるのはリアルの友人ではなく紛れもなくiBookというパソコンでした。

 思い出すと何だか涙が出てしまいそうになるくらい、好きだったパソコンでした。

 パソコンのことをそんなに好きになるなんて信じられないと思いますが、それくらい好きでした。


 かなり昔の話です。

 今では、そんな風に圧倒的に狂おしく好きになるものがこれからの人生に現れたらいいなと思う日々です。

 でも、現れなくてもいいです。それくらい好きでした。

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