空爆された避難所。(世界平和に向けて、その⑦)

月猫

交差する生と死。

 その劇場には、幼い子どもを含めた500名を超える人たちが集まっていた。

 敵国からの攻撃を逃れ、生きる為に避難していたのだ。


 さすがに、ここを攻撃してくることはないだろう。

 誰もがそう思っていた。


 不安が無いわけではない。しかし人道的な視点から考えると、劇場への攻撃は無いと考えられた。

  

 が、安全だと思われていた劇場が16日空爆される。

 建物は崩れ、瓦礫の中で多くの人間が死んでいった。


 ただ、劇場下のシェルターは無事だった。

 真っ暗な中、怪我を負った人たちのうめき声が聞こえる。幼い子たちは、怯え泣き叫び、母に強く強く抱かれていた。

 まさに阿鼻叫喚、地獄絵図。死が、ひたひたと近づいている。

 

 そんな中、お腹の大きな妊婦が産気づいた。

 誰もが目を見張り、大きく絶望した。この暗闇の中、この状況の中、無事に生れることはできないだろうと。


「灯りを持っている者はいないか? それから救急セットだ」

 誰かが叫んだ。その言葉に反応し、みんなが手探りで自分の荷物を探し始める。何人かが、懐中電灯を手にし灯りをともした。

 薄っすらだが、妊婦の姿が見える。

 

 両足を広げ、苦悶の表情で陣痛に耐えていた。

 数分後、妊婦は「うっ、産まれる! 誰か、私の赤ちゃんを助けて!」と叫んだ。

 その叫びに応えるように、瀕死で横たわっていた老婆がむくりと体を起こした。


「私、若い頃は産婆だったのよ。私が、赤ちゃんを取り上げてあげるから。大丈夫、任せなさい!」


 なんという力強い言葉だろう。さっきまで、目を瞑り浅い呼吸をしていた人間とは思えない。

 

 老婆は、周りの人に支えられながら妊婦の元へ行った。

「さぁ、頭が見えて来たよ。あんまり、力むんじゃないよ。今ね、赤ちゃんも頑張ってるんだ。さぁ、大きく息を吸ってぇ、吐いてぇ」


 さっきまで、恐怖と絶望に支配されていた空間に一縷の光が灯る。全ての者たちが、自分の体の痛みを忘れ、この二人を見守っていた。


 やがて「がんばれ! がんばれ!!」と、応援する声がシェルター内に響き渡った。


 しばらくすると『オギャー、オギャー』と泣く赤子の声がこだました。

 老婆は、誰かが持ってきた救急セットでへその緒を切り、バスタオルで赤子を包んだ。


「おめでとう。元気な男の子だよ」

「ありがとう。ありがとうございます。あなたのおかげで、この子と無事に会えました。本当に、ありがとう」


 老婆は、目を細めて微笑む。

「さて、私は疲れたから、少し休ませてもらうよ」

 そう言うと横になり、そっと目を瞑った。やがて、呼吸が止まった。


 母になったばかりの女は、冷たくなっていく老婆に声をかける。

「あなたと出会えて良かった。でも、これでお別れなんて早すぎる……」




 劇場下のシェルターの捜索は難航したが、この親子は無事に救出されたという。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 このシェルターに、ラファエルが駆け付けていた。

 一つの奇跡を応援するために……。



 本作品は、二次創作になります。

 出典

 書名 『原爆詩集 八月』 生ましめんかなー原子爆弾秘話ー 栗原貞子 

 著者  合同出版編集部一編

 出版社 合同出版 


 





 

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空爆された避難所。(世界平和に向けて、その⑦) 月猫 @tukitohositoneko

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