裏切り者は誰だ

@nishikida00

第1話 裏切り者は誰だ


『一人裏切り者がいる』


良く見慣れた紙に書かれたタレこみがあったのは、昨夜の出来事だった。

そのタレこみを皆知っているのかいないのかわからないが、いつもより緊張感溢れる四角い卓に四者が座る。


真っ白なシャツを着こなす商会の爺。

七分丈の黒のニットを着たお水の姉御。

落ち着いたグレーのワンピーススタイルの薬屋の娘。


皆がそれぞれを観察しながら、いつにない緊張感だ。


俺も『裏切り者は誰だ』そう思いながら昨夜の思案を思い出していた。



「商会の爺が耄碌して手を出したか?たしかに取っ替え引っ替え手は早い爺さんだ。

いや、違う。あの爺さんは誰より思い入れが強い。そう簡単に魂を売るとは思えない」


「ならば、お水の姉御ならどうだ?誰よりも自己顕示欲が強い女だ。新しいもんに手を出して自分の物にしたがるとは考えられないか?

いや、NOだ。あいつは誰よりもプライドが高い。新たなモノに尻尾を振るほど安い女じゃない」


「では薬屋の娘が裏切り者だろうか?新しいモノ好きで店にも新薬は必ず並べる女だ。アイツが裏切り者なら筋が通るのではないか?

いや、通らない。そもそも集まりの主宰だ。裏切るならこの会すら終わらせるはずだ」


「実は、気が付いていないだけで、俺が裏切り行為をしていた可能性はあるか?どこかで口にしたということは無いか?

いや、無理だ。俺は今朝日本に戻ってきた。あり得ない」


俺は昨夜の思案を思い返すが決定打はなかった。



いや。もっと観察しろ。少しの違和感も見逃すな。なにかあるはずなのだ。


この怪文書は見慣れたここの紙に書いてあった。しかも紙はきれいな状態だった。


つまり、リーク者はこの俺たちが集まったハコの管理者だ。

そして管理者は誰が裏切り者か既に知っている。

身震いした。


だが、

しかし、

冷静にもなれた。


そこで、落ち着いてもう一度俺は参加者を見渡し、そして気が付いた。


気づいてしまった。


一人だけ、この集まりにふさわしくない人物が居ることに。


俺は一呼吸置いた。


そして、告げる。


「裏切ったんだな。爺さん」


俺の言葉に爺さんは目を見開く。


「何を言うのだ!俺はこだわりの男だぞ!」


爺さんは反論した。

しかし、俺は告げる。


「ならなんで真っ白なシャツで来たんだ?」


俺の言葉に爺さんはたじろぎ、目を伏せた。

俺は続ける。


「白シャツなんざありえないんだ。

俺たち【焼き鳥タレの会】にはな!」


俺の言葉に


「出来心だったんだ。斜め向かいの屋台で売っていた岩塩モモ串に抗えなかったんじゃ」


爺さんは観念し自供した。


どうやら大将が斜め向かいの弟子の店で、爺さんが岩塩の焼き鳥を買っている事を見てしまったらしい。


焼き鳥用の包みにメッセージを入れて、俺に知らせてくれたらしい。


爺さんの弁明が続く中、「モモ10本秘伝タレだくだく、おまちどう」と大将がテーブルに出してくれた。サムズアップと共に。


芳醇な香りに涎を飲み込み、俺は告げる。

「爺さん。禊だ。タレだくだくを白シャツで喰らえ」


「ああ。わしの覚悟を見せるよ」


その日、焼き鳥タレの会は裏切りを乗り越え強い結束を誓いあったのだった。


こぼしたシャツの為に、しこたま爺さんは怒られたそうだが、今日も商店街は平和である。



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