第13話

 目が覚めた時、窓の外はすでに明るく、狭いベッドでひしめき合って寝たというのに、朝までぐっすり眠れたことに、慎吾は驚いた。

 マイを抱いて、安心して眠れた、ということなのだろうか。


 そのマイは、すでにベッドにいなくて、慎吾は探してしまう。

 狭い部屋に隠れ場所などはなく、彼女の姿はすぐに、カウンターの向こうのキッチンに見えた。


 起き上がった慎吾に、気付いたマイは、顔を上げて微笑んだ。


「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう……眠れた?」

「うん!」


 顔を洗うためにベッドを出た慎吾は、キッチンを通り過ぎる時に、マイがしている格好を見て驚いた。


 マイは、ワイシャツを着ていた。彼女のサイズよりずっと大きく、キッチン仕事のために袖はまくっている。明らかに彼女のものではなく、慎吾のものだろう。エプロンこそ着けているものの、胸元はボタンを留めておらず大きく開いていて、裾からは眩しい生足が突き出ていた。薄いブルーの下着がチラチラ見えていて、明らかに、それ以外のものは身につけていなかった。


「ちょっ……マイちゃん!」

「なあに?」


 慌てる慎吾に、マイはわざとらしく、あざとく応じた。


「なんて格好してるの!」

「へへっ、いいでしょ〜? 憧れてたんだ、彼シャツ」


 そう言うと、その場でくるっと回ってみせる。

 裾がふわっと浮き上がって、一瞬、下着があらわになった。


「エッチでしょ?」

「えっ……エッチすぎます!」


 慎吾は、見てないアピールをするため視線を逸しながら「早く着替えなさい!」と言った。


「ごはんのあとには、着替えるよ」

「いますぐ」

「やーだ」

「なんでよ?」

「もっとお兄ちゃんに見てもらいたいから」


 叱ってもダメなやつだ、と察した慎吾は、ゴホンと咳払い。


「もっと慎ましいコが好きだなあ」


 と言うと、マイは慌てた様子で、


「すぐに着替えます!」


 と言った。



「お兄ちゃん、今日の予定は?」


 マイが作ってくれた朝食は、サラダにトーストにスクランブルエッグ。卵はとてもトロトロで、美味しかった。

 ミルクと砂糖を入れたコーヒーは、いつも飲んでるインスタントだったはずだが、マイがいれてくれたというだけでいつもと違う味がした。カップの中身を味わいながら、慎吾は答える。


「特に無いよ」

「じゃあ、デートしようよ」

「いいよ」


 慎吾が即答すると、マイは驚いた様子で目を見開いた。


「いいの!?」

「なにびっくりしてるの」

「だって……」

「デートしようって言ったのは僕だし……もっとも、僕はおじさんだから、若い女の子が喜ぶような遊びは知らないけど」

「あ、だったら、大人のデート教えてよ」

「そんなのもっと知らない」

「えぇ〜? 女の子誘う時、どんなことするの?」

「えっ……ご飯食べてお酒飲んで……」

「それから?」

「……えーっと……」

「あ! ホテルに連れ込むんだ!」

「えっ? あっ……」

「そうだよねえ、したいことわかってるんだったら、それでいいんだよねえ」


 訳知り顔で納得するマイ。慎吾は否定したいが、言葉が思いつかない。


「だったら、わざわざ出かけなくてもいいよね。お家デートとか」

「……美味しいものを食べようって、それを口実に誘うんだよ。いきなり部屋になんて、呼べないでしょ」

「ああ。その点、わたしは楽だね。もう来ちゃってるし」


 言って、屈託なく笑う。


「どこか、行きたいところとかあれば、連れて行くけど」


 慎吾が言うと、マイは首を傾げた。


「うーん……特に、ない、かなあ……」

「それ一番困るやつ」

「だって……わたし、お兄ちゃんと一緒にいられれば、満足だから」


 うーん、可愛い――慎吾は内心で思う。

 変な意地なんて張らず、さっさと恋人にしてしまえばよかったかも、などと考えたりしてしまう。


「わかった。じゃあ、どこでもいいね?」

「うん♪」


 マイは眩しく微笑んだ。


「お兄ちゃんがわたしのために考えたデート、楽しみだなあ」

「ちょっ……ハードル上げるのやめてよ!」



 どういう反応をするか不安だったが、入場ゲートを見上げたマイは、満面の笑みで振り返った。


「動物園なんて、久しぶり!」


 そして、慎吾の腕を取ると、自分の腕を絡めた。


「行こ!」


 動物園で、マイは大いにはしゃいだ。

 慎吾の腕を引っ張り、パンダが見たい、次はゴリラを見よう、と楽しんだ。

 動物園がこんなに楽しいとは思わなかった、とマイは笑った。

 園内を自由に散策して、お腹が空いたら軽食を買って食べた。


「すっごく楽しかった! ありがとうお兄ちゃん」


 夕方まで遊んだ、帰り際、マイは微笑み、そう言った。

 慎吾も、とても楽しい、充実した休日を過ごしたと感じていた。こういうデートは……たぶん、はじめてだった。

 それはきっと、マイが一日中、眩しい笑顔を見せてくれたせいだと思った。


「僕も……付き合ってくれてありがとう」

「次は博物館に行こうね♪」


 甘えたようなマイの言葉に、慎吾は、この時間が――彼女との関係が、永遠に続くといいのにな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電車で出会った女子高生が僕のことをお兄ちゃんと呼んでベタベタしてくる ゆーき @yuki_nikov

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ