第12話
「じゃあ、電気消すよー」
明かりを消したマイが、先にベッドに入って無になろうとしていた慎吾の横に潜り込んできた。
躊躇なく、ピッタリと身を寄せてくる。
そればかりか、肩口に甘えるように、顔を寄せてきた。
「えへへ」
幸せそうに笑う。
マイが身体を押し付けてくるので、その柔らかさがはっきりわかる。特に胸が押し付けられている腕に、神経が集中してしまう。思わず揉みに行きたくなるのを懸命にこらえる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「……ん?」
「無しって言ったけど……でも、お兄ちゃんが我慢できなくなったら、いいからね?」
「……なにがいいの」
「だから……してもいいよ」
慎吾は身体に回された腕から逃げるように、寝返りを打って、マイに背中を向ける。
「しません」
そう言った慎吾の背中に、マイは抱きつくようにしてきた。今度は背中に胸が押し付けられる。
首筋に、マイが顔を近づけてきたのがわかった。吐息が当たり、くすぐったい。わざとやってるのだ、と慎吾にはわかった。
「マイちゃんは……」
「なに?」
「僕のこと――」
何も考えずに口にしてしまい、なんと続けよう、と悩んでしまう慎吾。
僕のこと好きなの? では、自惚れが過ぎるような気がするし。
「大好き」
問いを最後まで待たず、マイが耳元で囁いた。
彼女の言葉か、吐息のせいかわからないが、慎吾は首筋にぞくぞくとした感触を覚える。
「……どうして?」
「ん?」
「僕は……ただのおじさんだし」
「おじさんって歳じゃないよ」
「……どこにでもいる、何も面白くないサラリーマンだ」
「面白くないなんて、ないよ」
「平凡で、男らしい魅力も無いってこと」
「わたしにとっては、そんなことない」
「女子高生が、理由もなく惚れるような男じゃないでしょ、どう考えたって」
マイは、すぐには答えなかった。慎吾からは表情が見えなかったので、その間は、長く感じられた。
「はじめてなんだ……」
「……ん?」
「一緒にいたいとか、ごはん作って楽しい、とか、くっついていたい、とか……そういうの思うの、はじめてなんだ」
マイは、慎吾の背中にすがりつくようにしてきた。
「……わたしの気持ち、迷惑?」
「えっ? いや……」
マイの声は泣きそうな響きがあって、慎吾は慌てる。
「ごめん。お兄ちゃんを困らせるつもりは、なかったんだけど」
「迷惑とかじゃないんだ。ただ、その……わけがわからなくて、戸惑ってる」
「お兄ちゃんも、わたしのこと好きでいてくれると思ってた。結婚したいって言ってくれたし」
「それは……」
実際、慎吾はマイのことが好きで、結婚したいというのも、本音だ。
でもそれは、本当に叶うと思って言ったことではない。
推しのアイドルと結婚したいと口走るのと、似たようなモノだ。
口にしたのは冗談のつもりで、まさかマイがマジな感じで受け取るとは、夢にも思わなかったのだ。
「それに、女子高生が迫って、断られるとは思わないじゃん?」
冗談めかして、マイは言った。
「お兄ちゃん、もしかして、熟女好きって本当?」
慎吾は少し考えてから、口を開く。
「違うよ」
「じゃあ、どうして?」
「……女の子は、自分が興味ない男から性的な目で見られてるとわかったら、気持ち悪いでしょ」
「あっ……それは、そうだね」
「マイちゃんが僕のこと、そういう風に見てると思わなかったから」
「――先にちゃんと、告白しとけばよかったね」
マイの言葉に、慎吾は首を横に振った。
「それでも同じだよ」
「えっ?」
「マイちゃんは……焦っているように見える。もう少し、その……自分の気持ちと、ゆっくり向き合うべきじゃないかな、なんて」
マイはしばし、間を開けた。
「……お兄ちゃんは、わたしの気持ち、信じてないんだ」
「本当はそれ、恋じゃないかもしれない」
「恋ってなに?」
「わかんないから、ちゃんと確かめて欲しい」
「あとから違ったってわかってたって、それは、いいよ。今の気持ち、大事にしたい。そういうの、間違ってる?」
「違ったってなったときに、マイちゃんを失いたくないんだ」
部屋の暗さと、同じベッドに入っているという非現実感、そしてマイの温かさが、慎吾を素直にさせてしまっていた。
「そうなるぐらいだったら、ずっと妹にしておきたい」
マイの表情は、相変わらず慎吾からは見えなかったが、安心したような雰囲気は、伝わってきた。
「お兄ちゃんは、わたしのこと、好きなんだねぇ」
声を聞けば、微笑んでいるとわかる。
「そうだよ」
「わかった、じゃあ……お兄ちゃんの言うとおりにする」
マイはそう言うと、慎吾の首筋に顔を埋めるようにした。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「でも、わたしは、なにがどうなっても、いなくなったりしないよ」
「……うん」
慎吾は、でも、女の子は、いなくなるときはあっという間に消えてしまうのだ、と思ったが、口にはしなかった。
「あっ、でも」
マイの言葉が、悪戯っぽい響きを帯びる。
「お兄ちゃん、わたしにいなくなって欲しくないなら、わたしのこと、ちゃんと捕まえておかないと」
「ん……そうなの?」
「そうだよ。だから……」
マイは慎吾の耳元に顔を寄せた。
「ちゃんと捕まえてて。こっち向いて、ぎゅ〜ってして」
慎吾は少し迷ったが、彼が身じろぎすると、マイは慎吾に回していた腕を離した。
場所を変えないよう、その場で寝返りを打つと、マイに向き直る。
すぐ目の前、本当に至近距離に、マイの顔があった。
暗さに慣れて、その顔が恥ずかしげに微笑んでいるのが、わかった。
慎吾は、もう口を開かず、腕をマイの背中に回した。抱き寄せると、マイは自ら、慎吾の胸に寄ってきた。
懐に潜り込むようにしたマイは、慎吾の腕の付け根を枕にして、胸に顔を押し付けるようにした。
抱き合って、密着する。
「うふふ」
嬉しそうに、マイは笑った。
「お兄ちゃん、あったかくて、いい匂い」
「本当に?」
「うん……すごく安心する」
「あの、マイちゃん……」
「ん?」
「足、絡めてくるのはヤバイ」
「もっとお兄ちゃんを感じたいの」
そう言われると、もはや抵抗はできない。
すぐ下にマイの髪があって、慎吾はその香りを、こっそり吸い込む。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「固くなってる」
「ごめん、離れる」
「ダメ」
「でも、気持ち悪いでしょ」
「逆。嬉しいの。わたしじゃダメなんじゃないかって、心配だったから」
「ダメだなんて、そんなこと……正直、我慢するのが大変だよ」
「我慢……しなくていいんだよ?」
慎吾は、マイを抱く腕に力を入れる。
「お願いだから、決心が揺らぐようなこと言わないで」
「だってさ」
「僕の言うとおりにするって言ったじゃん」
「わたし、勘違いだなんて思ってない」
「僕がマイちゃんを弄ぶかも」
「そんなこと……考えてもいないくせに」
「たぶんマイちゃんは、僕のことを勘違いしてる」
「そんなことない」
「僕はマイちゃんが思ってるほど、いい男じゃない」
「いい男だと思ってるわけじゃないよ。毎日会ってるし、家にも何度も来たし。どんなひとかわかってる」
「家に来たのなんて、まだ二回だよ。それに、デートすらしたことないじゃないか」
マイは、ハッとしたようだった。
「デート、か……」
「だから、もう少し付き合ってみて、それからにしようよ」
「……それで、納得したら、彼女にしてくれる?」
「そうしても確信があるってなったら、いいよ」
少し間を開け、マイは言った。
「わかった」
言ったくせに、マイは甘えるように、慎吾の胸に顔を押し付けてきた。
慎吾は、こういうタイプの拷問があるとは思わなかった、などと思いながら、その背中をそっと撫でる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます