第11話

 正直、もったいないことをしている、と慎吾は思っていた。


 マイのことを、妹だ、まだ子供だ、と口では言ったが、慎吾が心底そのように思っている、ということではない。

 彼女を庇護対象として見ている、と言ったのは嘘ではないが、同時に、彼女を一人の女性として見ている自分も、確かにいるのだ。


 マイはとても魅力的だった。美しく整った顔立ちもそうだが、まだ高一とは思えない、女性らしいラインを描く身体も含めて。

 若く、生き生きしていて、いつも笑顔で。一緒にいるとそれだけで若返る、元気になるようなパワーをくれる。

 こういうコが彼女だったら、人生楽しいだろうな、と素直に思う。


 そんなマイを、抱くことができたら、とも。


 でも、そういうわけにはいかないのだ。

 自分は大人で、彼女はそもそも、慎吾を頼って、近づいてきた。

 そういう彼女を欲望のはけ口にするのは、マイに対する、重大な裏切りだ。

 彼女は構わない、と言ったが、16歳の少女の判断だ。本人が言ったから、などというのは、大人として、絶対にしてはならない言い訳だろう。


 まだ少女であるマイが抱く慎吾への気持ちなど、本当に恋なのかどうか、わからない。

 別の気持ちを勘違いして一線を越えたら、きっと、もう元の関係には戻れない。

 そういう形で失っても良いと思えるような、そんな相手ではないのだ、マイは。


 彼女が慕う“お兄ちゃん”として、真の意味で、彼女を守る。

 そのためには、いま欲望に負けるわけには、いかないのだ。


 それに……これは犯罪ではないだろうか、とも思う。

 未成年略取とか誘拐とか、青少年保護条例違反とか、そういう罪に問われないだろうか?

 この点、ちゃんと調べておいたほうが良さそうだ。


「……何してるの?」


 ラグの上にヨガマットを広げ、バスタオルを畳んで枕のように配置していると、脱衣所で着替えてきたマイが訝しげな顔でそう言った。

 彼女はラフなTシャツとショートパンツというスタイルで、どうやらそれが今夜の寝間着らしい。本当に最初からそのつもりで、持ち込んだスポーツバッグにはお泊り道具が入っていたようだ。


 白く眩しい健康的な太ももから目をそらしながら、慎吾は答えた。


「客用布団なんて気の利いたものないから、ベッドを使ってくれる?」

「えっ? ……それは?」

「僕の寝床」


 見てわかるだろ、とヨガマットを指差す。


「えっ、ダメだよ」

「? お客さんを床に寝かせるわけにはいかないじゃん」

「一緒にベッドで寝ようよ」

「っ……ハハッ、なにを……できるわけないでしょ」

「どうして?」

「どうして、って……常識的に考えて、さ」

「お願い!」


 マイは両手を合わせた。

 これ、二度目だな、と慎吾は思った。


 美少女のお願いには抗いようのない魔力があるが、エッチをなしと言った以上、さすがにこれを受け入れるわけにもいかない。

 慎吾が断りの文句を考えているあいだに、マイはもう一度、言った。


「お願い!」

「……どうして、そんな」


 そんな風に必死なのか、と、慎吾は思う。

 自分みたいなおじさんと、同じベッドで寝たい、なんて。


「だって……それがしたくて、泊まりに来たんだもん」


 俯き気味に、マイは言った。

 なにがマイをそのように駆り立てたのか、慎吾にはわからず、思わず絶句する。

 そういう慎吾を見て、マイはそっぽを向くと、頬をふくらませた。

 そんな横顔に、慎吾は言った。


「エッチは無しって言ったでしょ」

「それはわかってる」

「じゃあ――」

「添い寝してくれるだけでいいの」

「でも、ベッド、狭いよ」

「ちょうどいいよ、くっついて寝られるし」

「それがマズイんでしょ」

「お兄ちゃん、わたしのこと妹だって言ったじゃん!」


 ちょっと怒ったみたいに、マイは言った。


「妹なんだから、添い寝ぐらいできるでしょ!?」


 勢いに、たじろぐ慎吾。


「それは……妹ってのは考え方の話で」

「妹なんだから、抱き合って寝てもエッチな気分にならないよね!?」


 添い寝のはずが、いつの間にか抱き合って寝ることになってる。慎吾は突っ込みたかったが、マイの迫力がそれをさせなかった。


「いや……なっちゃうんじゃないかな」

「無しって言ったの、お兄ちゃんだよ!?」

「……そうです」

「じゃあ問題ないよね!」


 マイの論理はめちゃくちゃだったが、慎吾にはもう抵抗する気が起きなかった。

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