焼き鳥だと思って買ってみたら、別モノでした。

工藤 流優空

怪しい屋台で見つけた、アヤシイ焼き鳥。

 その日、私はとても疲れていた。

 朝、出勤してみたら自分のデスクに見覚えのない書類の束があった。

『今日中に仕上げておいて』

 そう殴り書きの付箋が貼られた書類の束。それが三つ山積みになっていた。

 それだけでも発狂しそうになったのに、問題は他にもあって。

 うちの職場は、誰も電話に出ない。私の他は。

 そして、今日はいつにも増して、電話がよく鳴った。しかも、対応に時間のかかるものばかり。

 そしてその様子を知っているはずなのに、ゆったり過ごしている部長が、

「今日中に仕上げてって頼んだ資料、終わるよね?」

 そう急かしてくる。いやいや、今日頼んで今日中にって、おかしいよね!?

 そもそも部長、人に仕事頼んどいて、どうして自分は悠々とタバコ吸いに行ってるんですか。一時間に何度タバコ休憩挟んでるんですか。せめて電話出てください。

 そう、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、うわべだけの笑顔を浮かべる。

「大丈夫です。間に合わなさそうでしたら、残業してでもやって帰りますので」

「いや、残業はしなくて大丈夫。残業代出したくないし」

 真顔で言ってくる部長。いや、残業代は出したくないなら、自分の仕事はきちんとこなしてください、部長。

 そんなこんなで、サービス残業という名の、無賃金労働を発生させながら、なんとか仕事をこなして帰路についた私。

 夜道をとぼとぼ帰りながら、ふと気づいた。今日、出勤してから一度も食べ物を口にしていない。朝ご飯を食べてから、軽く14時間ほど経過している。

「これは、夕食を豪華にしないとやっていけない」

 そう思って、スーパーに寄り道してみたけれど、食べたいと思えるものは見つからず、ものの数分で何も買わずに自動扉をくぐる。

「やぁ、姉ちゃん。焼き鳥、買ってかねぇかい?」

 大きなため息をついていると、横から声をかけられて振り向く。

 そこには、焼き鳥と書かれたのれんを付けた、屋台車。

 おかしいな、さっきスーパーに入るときにはこんな屋台、なかったのに。

 首をかしげると、頭にタオルを巻いたおじさんは、にぃっと笑う。

「お姉さん、運がいいぜ。この焼き鳥の屋台に出会えるなんて、宝くじに当たるより、珍しいかもしれねぇ」

 なかなかの売り文句だなぁとぼんやり考える。とはいえ、焼き鳥とおいしそうなタレの匂いが、空きっ腹には堪えた。

「か、買います」

「まいど」

 おじさんは、串に刺した焼き鳥数本が入ったパックを差し出した。パックを受け取ろうとした時、おじさんは小声で言った。

「お代はいらねぇ。だけど、気をつけな。タダより怖えものはねぇってことを忘れんな」

 お代はいらない、そういう割に不吉なことを……。

 そう思いつつ、お礼を言ってパックを受け取ってあわててその場をはなれた。

―――

「さて……――、どうするか」

 焼き鳥の入ったパックを前に、私は悩んでいた。

 あの後無事に家には辿りついた。そして今、私はこの焼き鳥を食べるかどうかで悩んでいる。あのおじさんの言っていた言葉が気になる。

『タダより怖えものはねぇってことを忘れんな』

 それって、食べ物に毒でも入ってるってこと……? それとも、ロシアンルーレットみたいに、すっごく辛いタレがかかってるオソロシイ焼き鳥が混じってるとか?

 一度、ごみ箱の前までパックを運んできたけれど。結局、テーブルの上に戻す。

「ち、ちょっとだけ……かじってみる……?」

 そして、パックをそおっと開けてみた。その途端。ポンッと小さな音がして、パックの中の焼き鳥が消えた。

『第一試練、ごみ箱に捨てる、クリアです』

 その声と共に現れたのは、一羽の鳥。見た目は、ニワトリそっくり。頭の上のトサカだけ、金色だ。それ以外は真っ白。

「ぎゃあああっ! 鳥のゾンビイイイイィッ」

『いやいや、おかしいです。カタマリから元の形に戻るのは、ゾンビではないです』

「調理済みの物体から、元の生命体に戻るのはおかしいでしょうよ!?」

 私のツッコミは軽く無視して、ニワトリが言う。

『それより、食べ物か飲み物をください』

「え……」

 いやいや、おかしいでしょ。私のお腹を満たすために手に入れた焼き鳥が、逆に食べ物を要求するって。

「……本当に、焼き鳥じゃなくて、ニワトリさんなんですか」

『そう見えませんか?』

 ニワトリさんが翼を広げてみせる。うん、少なくとも焼き鳥さんではない。生きてるみたい。

「……ええっと、ニワトリさんは、何を食べるのですか」

『いただけるのでしたら、何でも。食べ物でも飲み物でも』

 ニワトリさんが私を見上げる。

『もしかして、くださるのですか。本来なら、私を食べる状況ですが』

「いや、生きてるから……、食べれないでしょ……」

 そう絞り出すように言う。いや、食費とかどうしよう、そもそも、ニワトリの飼い方なんて知らないし、どうやって飼えばいいんだろうとか考えてますけれども。

 すると、ニワトリさんのお目目が、金色に光った。

『第二試練、食べ物をくれる、クリアです』

「あのぅ、試練って何ですか」

『ヒミツです』

 ニワトリさんは、コケッと鳴いた。それから、催促するように私の服の袖を引っ張る。

『それでは、何か食べ物か飲み物を恵んでください』

 私は冷蔵庫を開ける。そして言葉を失った。

「……そういえば、買い置きしてた食べ物、昨日食べきっちゃったんだった……」

 あるのは一つのカップ麺と、一缶のビールだけ。

「これしかないんですけど……」

 そう前置いて、出来上がったカップ麺とビールを、ニワトリさんの前に置く。

『どれを、どれだけ下さるのですか』

「ええっと……」

 小皿とコップを出してきて、小皿にカップ麺を分け、コップにビールを注ぐ。

「ニワトリさん、ビール大丈夫ですかね」

『大丈夫です、何でも食べられるニワトリですから。それよりも、このメニューの心を教えてください』

「メニューの心……」 

 ただ単に、家にある食べ物がこれだけだったからなんだけど。そう言おうとしたら、ニワトリさんが聞いてくる。

『食べ物だけなら、カップ麺少しを分ければよかったのに、ビールまで分けた理由です』

「うーん、強いて言うなら、もしニワトリさんがビールを飲めるなら、ビールを飲んで幸せな気持ちになってもらえればいいなって思ったからかな」

 個人差はあると思うけど、ビール、お酒とおつまみ、おいしい料理があれば、その日の嫌なことも忘れられる。明日も頑張ろうと思える。今日も頑張ったなって思えるから。

「そのおすそ分け……でしょうか」

 そう伝えると、ニワトリさんは満足げに頷いた。

『幸せのおすそ分けですか。……いいでしょう。第三試練、メニューの心、クリアです』

 ニワトリさんの言葉と同時に、ニワトリさんのシッポあたりが金色に光った。

『これで、全ての試練をあなたはクリアしました。そして、あなただけのニワトリが完成しました』

「私だけの……ニワトリ……」

『幸せのおすそ分けのニワトリです。今は実感がわかないでしょうが、役に立ってみせますよ』

 ニワトリさんはそう言って、ビールとカップ麺をくちばしでつついた。

――

 次の日。出勤してみると、また見覚えのない書類の束が置いてあった。

 大きなため息を一つ。すると、カバンの中に隠れていたニワトリさんが飛び出る。

「あ、キミ。今日もその書類の束の処理を今日中に頼むよ」

 部長がそう声をかけてくる。すると、ニワトリさんが叫んだ。

『くらえ、幸せのおすそ分けビーム!!!』

 くちばしから、ビールのような金色のビームが、部長に命中!

「……あ、いや、ごめん。自分で半分やるから、手伝ってもらえるかな?」

 私のデスクに置いていた書類の半分ほどを持ち上げる部長。

 半信半疑になりつつ、言葉を返す。

「え、あ、はい」

「いつもごめんね。助かってるよ、ありがとう」

 いやいや、部長からありがとうなんて言われたことないけど!?

 去っていく部長の背中を見つめて私は首をかしげた。

 それからも、嫌なことが起きてもいつもの半分くらいのダメージになった。これはきっと、幸せのおすそ分けニワトリのおかげ。

 宝くじに当たるよりも珍しい焼き鳥の屋台、あながち悪くないかもしれない。


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焼き鳥だと思って買ってみたら、別モノでした。 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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