屋台の焼き鳥を食べながら

久世 空気

第1話

 その神社で毎年、夏祭りをやっているとは知っていた。知ってはいたが、私には関係の無いことだと思っていた。

「今日、夏祭りに行こうか」

 今朝、真里亜がそんなことを言い出して、私は思わず「なんで?」って聞き返してしまった。真里亜は「なんとなく?」と誤魔化していたけど、多分何かあるんだろう。

「真里亜が行きたいなら、私も行きたい」

 と、言うことで、夕方になって私たちは初めて一緒に祭りに向かった。

 テレビや本で祭りがどういう物か知っていたけど、実際参道に並ぶ屋台やそれを物色しながら流れる人混みに、私はあっけにとられた。

「人が多いね」

 と真里亜に言うと、

「はぐれないでよ」

 と返ってきた。それも祭りのざわめきの中でようやく耳に届いた。

 本当は神社にお参りするのが先なんだろうけど、私も真里亜も夕飯を食べてないので、屋台で焼き鳥と飲み物を買った。飲食スペースが参道から少し離れた場所に準備されている。私と真里亜は向かい合わせで座った。

 私はラムネを飲み喉を潤してから、タレがべったり付いた焼き鳥を食べ始めた。焼きたてで、肉が柔らかくておいしい。外で食べているということも相まって特別な味に感じる。

 タッパーに入った5本中3本を食べ終わったところで、真里亜が自分の分の焼き鳥に手を付けず、缶ビールを飲んでいるのに気付いた。

「食べないの?」

「焼き鳥嫌いなことを思い出したの」

 忌々しげに言い、真里亜はビールをあおった。

「なんで買ったの?」

「・・・・・・夏祭りと言えば焼き鳥かと思って。子供の頃、この祭りに来たとき、焼き鳥食べたのよね」

 真里亜はビールを飲みながら話しはじめた。


 真里亜の父親は仕事で忙しく、家に帰ってくることがあまりなかった。母親は家事が苦手で、いつも家は汚れていて料理はまずかった。しかも浪費癖があり、自分のためにはどんどんお金を使った。だから真里亜の家で母親だけキラキラしていたらしい。

 真里亜が小学1年生の年、母親は珍しく真里亜を連れて夏祭りに連れて行ってくれた。私たちのように焼き鳥と飲み物を買って飲食スペースに向かい合わせで座った。しかし母親は真里亜が夢中で焼き鳥を食べている間に席を立った。真里亜は帰ってくるのを一人待っていたが、母親が帰ってくることは無かった。


「どうして?」

「何が?」

 とぼける真里亜に私は少し腹が立った。ここまで話しておいて結末を言わないつもりか。じーっと見つめていると真里亜は観念したように

「死んでたのよ」

 と吐き捨てた。

「私を置いて男と会ってたのよ。その男に殺されたって」

 不倫だ、と言おうと思ったけど、やめた。つまり今日は真里亜のお母さんの命日なんだ。だから最後の思い出の場所に来たくなったのだろう。

「真里亜はどうしたの?」

「こんな所に子供が1時間も2時間も一人で居たら警察に連れて行かれるわよ」

「お父さんは迎えに来なかったの?」

「来たわよ。知らない女と一緒にね」

 似たもの夫婦だったらしい。

「その女が1年もしないうちに家に入り浸って母親面するから、意地でも名前で呼ぶことにしたの」

 真里亜らしくて笑ってしまった。

「だから母親だけ名前で呼ぶんだ」

「後悔してるわよ」

 真里亜は口をとがらせる。ビールの缶が空になったらしい。

「何か食べれるもの買ってきたら?」

 私が言うと、少し迷ってから立ち上がった。

「焼き鳥、こっちも食べて良いから」

 すぐ戻る、と颯爽と焼きそばの屋台に向かって行った。


 真里亜を見送って、顔を正面に戻すと真里亜の席に知らないおばさんが座っていた。やたら派手なメイクをし、ふりふりの袖のシャツを着ている。胸元が涼しげだ。おばさんは私を見て何故かびっくりしていた。

「誰?」

「あなたこそ誰?」

「あ、ああ。あなた、娘とよく似てたから」

 謝りながらもおばさんは動こうとしない。おどおどするだけだ。

「その子とはここで別れたの?」

「そう、そうなの。あなたと同じような花柄のシャツを着ていたわ」

「おばさん、駄目だよ。こんなに人が居るところで子供から目を離したら」

 おばさんの挙動不審が加速する。いや、でも、だけどと私に向かって言い訳を始めた。

「彼氏がね、早く来いって言うから。娘は連れて行けないし、だからここで焼き鳥食べててね、って。でも見当たらないのよね。どこに行ったのかしら」

 私は焼き鳥を食べながら聞いている。

「ちょっとそこの駐車場にね、行ったの。知り合いに見られたくないから、こっそり。そしたら他の男もいてね。彼の奥さんがちょっと危ない家の人だったらしくて。車に乗せられて遠くに・・・・・・娘がいるって言っても聞いてくれなくて。あら? 私、どうやって戻ってきたのかしら」

 酷い。徹頭徹尾、酷い話だ。

「戻れてないよ」

 しょうがないから私は教えてあげた。

「あなたはもう殺されて、死んでて、あなたの娘はここにはいないの」

 おばさんの顔は引きつった。目をひんむいて、私をにらみつける。

「何言ってんの? 娘は、待ってるのよ。ここで!」

 私は笑ってしまった。

「待ってるわけないじゃん。真里亜にはあなたは必要ないの」

 おばさんの口から、ため息のような悲鳴のような音が漏れた。やっぱり真里亜の母親のようだ。ちょっと顔が似ている。切れ長の目とか、高い鼻とか。

「もし真里亜に何かあったらどうするつもりだったの」

「でも、でも、怖い人が来たら、焼き鳥の串で刺しなさいって、私言っておいたのよ」

「親が守ってあげるのと、子供が自分の身を守れるようにするのは別のことだと思うけど? 結局あなた死んじゃったし、母親失格」

 おばさんは、両手が顔を覆い、呻くように崩れていった。どんどん形がなくなり、椅子から落ち、地面に吸い込まれるように消えていった。


「君、ひとり?」

 おばさんがすっかりいなくなると、男が二人ニコニコ胡散臭いを貼り付けて声を掛けてきた。おばさんのことは見えてなかったようだ。

「ナンパ?」

 私が聞き返すと、苦笑いして男たちは顔を見合わせた。

「いや、君がひとりぼっちみたいだから、心配してるんだ」

 そのとき、ちょっと! と声を上げ、焼きそばと缶ビールを持った真里亜が戻ってきた。

「なんですか? うちの子に何か用ですか?」

「巡回中の警察です。子供一人にしちゃ危ないよ?」

 二人とも警察官の制服を着ている。本物かどうか手帳を見たいところだけど、真里亜は頭に血が上っているようで私と警官の間に体をねじ込ませて立った。

「そこの屋台に行っていただけです。娘のことは見えてましたし、ほんの5分くらいですよ?」

「出来ればすぐ傍に居てあげてください。人も多いので、子供はまぎれちゃいます」

「大丈夫だよ。悪そうな奴きたら焼き鳥の串で刺すから」

 私が言うと真里亜が「え?」と振り返った。警察の二人は声を出して笑う。

「そういうことしたら、相手が怒ってもっと悪い人になるから駄目だよ」

 真里亜の母親の教えは役に立たないらしい。


 警察がいなくなって、真里亜はどかっと私の前に座るとひそひそ話をするように顔を近づけてきた。

「ねえ、また何か見えたの?」

「真里亜の母親と会ったよ。何か聞いてほしいこととか、言ってほしい言葉とかあったら先に言ってよ」

 真里亜は少し眉をしかめて考えたが首を横に振った。

「特に何も考えて無かったけど、強いて言えばあんたを見せたかったのかも」

「私?」

 意外だった。自分を置き去りにした母親に文句を言っておきたいのかと思ったのに。

「孫を見せたいとか、そういうことじゃなくて、『あんたがないがしろにした娘が、こんなしっかりした子供を生みました!』みたいな?」

 私はふふっと笑った。

「私、すっごい悪口言っちゃった」

 真里亜もにやっと笑う。

「それはそれで、ありがと」

 

 真里亜は自分の母親の話は、これまでしたがらなかった。子供に話せるような人物でも死に様でもなかったからだろう。私はあの頃の真里亜と同じと年齢。きっとあの頃の真里亜よりもずっと幸せな小学1年生。だから真里亜を傷つけた母親のことを、もう引きずってほしくないな、と私は思う。

「ねえ、真里亜も『お母さん』の方がいい? 『お母さん』って呼ばれたい?」

 いつも聞いて、同じように真里亜は答える。口を少しとがらせて

「私のまねしてるんでしょ。好きに呼びなさい」

 お父さんからメールが来て、仕事が終わってもうすぐ最寄り駅に着くらしい。私たちは結局お参りもしないで帰ることにした。焼きそばと缶ビール2本、そして余った焼き鳥を持って駅にお父さんを迎えに行く。

「お父さん、きっとびっくりするよ。祭り嫌いの真里亜が祭り行ったって知ったら」

「たぶん拗ねるね。俺も連れて行ってくれよ~って」

 真里亜がお父さんのまねをして、私たちは一緒に笑いながら歩く。すっかり暗くなった街の、駅の光の中で、お父さんが手を振っているのが見えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

屋台の焼き鳥を食べながら 久世 空気 @kuze-kuuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説