ピーちゃん
犬鳴つかさ
ピーちゃん
会社帰りの道で見慣れない屋台を見かけたので、寄ってみることにした。のれんではなく、安そうな木の板に『やきとり』と書き殴られた看板が屋台の端に立てかけられていた。
「お客さん、一人?」
ぶっきらぼうに店の主人が聞いてくる。そうだ、と伝えると大仰にため息を吐かれた。接客業にあるまじき態度を目にして、すぐに出て行きたいような気分に駆られたが、妙に香ばしい匂いが鼻をくすぐる。小腹も空いていたし、この辺りは代わりになるような飯屋も無いので仕方なく床机に腰かけた。
それにしても安っぽい店だ。看板といい、店主の妙に毛玉の付いた服と言い、およそ目に見える要素の全てが、みすぼらしい。味が良ければ、自分だけの穴場になり得るかもしれないが……。
「あんたのほうは、景気どう?」
私の心を見透かしているかのように店主が充血した目玉で、恨めしそうな視線を投げかける。
「ぼちぼちです」
そりゃ、あなたよりは良いだろうけど……そんな本音を飲み込みつつ、私は決まり文句を言った。
「ウチはどうにも繁盛しなくてね。こういう屋台やるの、夢だったんだけど」
聞いてもないことを店主は喋り始めた。話しかけてくるタイプの店員が苦手なわけでは無いが……こうも陰気だと、どうも。
「こういうご時世だからねぇ。外を出歩く人も少なくなっちゃってさ。時期が悪かったんだな、時期が」
店主は自虐的に乾いた笑いをこぼした。肉の焼ける音がする。
「見切り発車でやっちまったんだ。今じゃ、店の道具どころか日用品も満足に買えない」
涙声が混じる。そういえば、さっきからなぜ肉を焼いているんだろう。まだ何も注文していないというのに。私が来るまで、他にお客はいなかったはずだ。金に余裕が無いのにどうして……?
「ペットにやるエサだって……ごめんなぁ、ごめんなぁ、ピーちゃん」
思わず私は身を乗り出し、屋台の内部を見た。店主の涙が落ちては蒸発する鉄板の上。串に刺されて焼けているのは緑と黄色の模様が
正気じゃない。私は床机を蹴飛ばすようにし、仕事用の鞄を抱えてすぐさま逃げ出した。
翌日、屋台があった場所の近くを遠目に観察してみたが、それらしいものは見当たらなかった。出店する地域を変えたのだろうか、それとも思い詰めた結果、私の知らないところで──と考えていた、つい先日のことだ。
どこかうまい店でラーメンでも食べるか、と思い立った私は、地元のグルメ雑誌をパラパラとめくっていた。その時、一つの特集が目に飛び込んできたのである。
『どん底からの復活⁉︎ 今、話題の焼き鳥屋台‼︎』
多少、身なりは整っていたが、そのページに店主として写っていたのは、あの陰気臭かった男に違いなかった。
まさか、とは思う。だが、その雑誌のページに載っていた『企業秘密』、『ちょっと変わった味がクセになる』という文言と目を充血させた店主の顔写真が、私の頭の中でしばらくの間グルグルと回り続けるのだった。
ピーちゃん 犬鳴つかさ @wanwano_shiba
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