朝顔便箋

マルヤ六世

朝顔便箋


 小学生の頃、雑誌の文通コーナーに手紙を出してすぐに申し込みがきたのが、本当にうれしかったことを昨日のことのように思い出せます。


 文通相手は「まりんちゃん」といいました。同い年で、遠くに住んでいて、背が小さいことが悩みらしい、少しドジなエピソードが目立つ子です。

 私と同じ少女マンガを読んでいて、同じアニメを見ていて、ずっとこんな人とお友達になりたいと思っていました。

 後にも先にも、まりんちゃんと文通した日々は、なにものにも代えがたい楽しいものでした。子供時代の思い出はきらきらと輝いて思い出すものだけれど、彼女は特別。私の子供時代が幸福だったのは、彼女のおかげでした。


 背が小さいお友達だからと、お母さんが私の着られなくなった服を送ってあげなって渡してくれたりして、同い年なのに妹みたいに思っていました。

 その日の失敗を相談してくれたりして、時々、返信のかわいい便箋の文字がにじんでいるときは、傍にいってすぐに抱きしめてあげたいと思ったものです。

 彼女は、私の一生の友達だったのです。


 まりんちゃんは引っ越しが多いらしくて、いつも違う住所から手紙を送ってきました。小学生の私にとっては、まりんちゃんが送ってくれる色んな場所の葉書や写真を見ることで、まるで二人で旅をしているような気分になれました。

 他にも、手作りアクセサリーを交換したり、誕生日には飛び出すバースデーカードをもらったり……。

 まりんちゃんは字がきれいでした。お母さんが言うには、字がきれいなひとは心がきれいなんだそうです。それと、絵が本当に上手で、いつも漫画のキャラをリクエストして描いてもらいました。


 ある時、お互いのイメージイラストを描いて交換しようという話になりました。まりんちゃんが描いた私は本当にそっくり。

 

本当に、私にあまりにも似すぎていました。


 その服も鞄も、私がお気に入りでよく身に着けているものです。それどころか、髪型は昨日お母さんがしてくれたもので、思い出せば、それは昨日の私にぴったり当てはまる見た目でした。

 もしもどこかで会っていたとしても、まりんちゃんはいつもお返事に何日もかかるので、そんなはずはない。どこから送ったのだろう、封筒を裏返すと住所が書いていません。消印も、ありません。

 そう考えだすと不思議なことはいくつかありました。いつも、引っ越ししてばかりで住所がバラバラなのに、どうやって私の手紙を受け取っていたのだろう……とか。


 私はイメージイラストを同封してさきほど投函してしまった手紙が気がかりで、シースルーにラメがちりばめられたサンダルをひっかけて外に出ました。

 ポストのお腹におさまってしまった朝顔のレターセットは、描かれた花びらのところが透けていて、便箋は絵の具が滲んだような色合いがお気に入りでした。それが、なぜだか急に惜しく感じられたのです。


 道端では、女の人がセミみたいにポストにしがみついて、手を突っ込んでいました。彼女の服装は、私がイメージするかわいい女の子にぴったりで、きっと、まりんちゃんが着ていそうな洋服でした。

 咄嗟にあげそうになった悲鳴をおさえて、その五十~六十歳くらいのその人をしばらく見ていました。だって、彼女が退かないと困ってしまうのです──私もポストに用があったので。

 女性は、私が作ったビーズの指輪をして、私のおさがりの、くまのキャラクターの描かれた小さな服を着ていました。髪の毛はツインテールにして、私とおそろいのゴムで結んでいました。色水の中でヨットが浮かんでいるプールかばんの肩ひもは腕に食い込んでいて、足には私が作ったミサンガ。剥がせるマニキュアに、太ももにはタトゥーシール。


 異様でした。

 厚底サンダルは小さくてボロボロ。足の指が全部入っていません。ボタンの止まっていないデニムスカートからはパンツが見えてしまっていて、シャツの袖は腕を締め付けているのか血が止まっているみたいな色をしていました。ほっぺにはラインストーンのシールがきらきら光って。


「かれんちゃん! まりんだよ! どうしても早くイメージイラストがみたくて、とろうとしちゃった、ごめんなさい! マナー違反だったよね。順番こなのに」


 しゃべり方は、便箋の中のまりんちゃんそのものでした。

 信じられなかった。いつか会っておしゃべりをしたいと思っていたけれど、裏切られたような、それよりもとにかく怖いおばけを見たような気分で、涙を零しながら首を横にふりました。

 ショックでした。目の前の現実を、否定したくて、わめきました。


「いや! 怖い! うそつき! 気持ち悪いよ! おばさん、なにしてるの!」

「……ごめんね。やっぱり、おばさんじゃだめだよね。ずっとかれんちゃんとお友達になりたかったの。騙して、ごめんね」


 よくよく見れば、それは近所に住んでいる近藤さんというおばさんでした。学校帰りに横断歩道のところに立っていてくれたり、帰り道に声をかけてくれたことがあります。優しいおばさんだと、思っていました。

 私は走って逃げました。手紙は私の元に、宛先不明で戻ってきました。お気に入りだった便箋が手元に戻っても、ちっとも嬉しくありませんでした。一生懸命描いたイラストも手紙も、もう渡す相手がいないのだと思うと悲しくて、ごはんも食べたくありませんでした。

 おばさんはぷくぷくシールをいっぱい貼って、ごめんねのお手紙を何度もよこしてきました。私はそれを、ずっと、ずっと無視しました。

 



 ──あれから十年。

 今ではネット上でやりとりすることも増え、名前を知らない友達なんて当たり前にいます。年齢が離れた友人もたくさんいます。

 どうしてあの頃の私はあんなことを言ってしまったんだろう。罪悪感に苛まれて、後悔し続けて、何度かどうしても謝りたくて家に行ったけど、いつも彼女は不在でした。


 ふと、ネットニュースが目に止まりました。

 山奥で女性が頭を血まみれにして、餓死していたというものです。そばにはルーズリーフが一枚落ちていて、遺体の状況から見て関連性がある、と。


 その内容には見覚えがありました。

 それは、私の小学校で噂になっていたおまじないでした。

 それは、私がまりんちゃんに昔、教えてあげたものでした。


 一つ、戻りたい年数分の日数、人に会ってはいけない。

 一つ、毎晩森で戻りたい年月日を紙に書いて、水に浸す。

 一つ、戻りたい年数×十センチの長さの髪の毛を用意して、リボン結びにして願う。


 そうすると、その時代に戻れるというものでした。

 ルーズリーフの日付には六十年ほど前のものが書かれており、血で「かれんちゃん、だいすき。もう一度やりなおしたい」と書かれていました。

 涙が止まりませんでした。髪の長さなど、足りるわけがないのです。まりんちゃんは今でもずっと私のことを友達だと思っていてくれていました。裏切ったのはきっと、私の方でした。

 そして、彼女は変わらずドジなままでした。だって、まりんちゃんが子供に戻ってしまったら、私はその時代には生まれていません。絶対に私に会うことは出来ないのです。


 でも──幸いなことに、私の髪の長さは腰までありました。


『黒木かれんさんが行方不明となって十日が経ちました。警察は、捜索を続けています──』

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朝顔便箋 マルヤ六世 @maruyarokusei

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