焼き鳥ってなんだ?
ちえ。
第1話
静寂の中で、
来る日も、来る日も、俺がやるべき事といったら同じ。
目の前のベルトコンベアーでレーンに流されてくる焼き鳥の検品をすること。
一パックの入数。形。タレ付きのものは掛かり方のムラがないか。焼き上げ品に生肉が混じっていないか。
昨日も、一昨日も、明日も、明後日も。今日と同じで朝から夕方までずっと焼き鳥を見つめ続ける。
不良品が見つからなかった日は、自分の存在意義を疑ってしまう。
俺一人いなくても、きっと大した問題にはならない。
時々、自分でも何をしているのかわからなくなるけれど。
時々、目の前のものが何なのかわからなくなるけれど。
時々、現実がゲシュタルト崩壊して、自分は誰でこれは何で、何処で何をしているのか混乱することがあるけれど。
だけど、俺はずっとずっと焼き鳥を見つめ続ける。それが仕事だからだ。
今日も一日よく働いた。
交代制で動き続けている工場の夜は遅い。俺は長い労働時間の末に、やっと『商品』という認識の均一で整った串刺し肉の
いつもと同じルーティンワーク。いつもと同じ帰り道。だったはずだった。
―――パキン。ガサガサ。ドン、ドン、ドン!バキッ………
細い並木道の木々から怪しい音が鳴り響いた。
もしかして野生動物?熊が出たという話は聞いたことがないが、野犬くらいは出てもおかしくない
俺は思わず息を止めて、ゆっくり、ごくゆっくりと音の方向を伺った。
ざぁっ、と木の葉が揺れた。その合間から射した
遠目でもわかる、丸みを帯びた無機質ボディ。危険な野生は皆無。
奴のフォルムには見覚えがあった。
同僚だ。………多分、同僚だ。
俺と一緒の工場の中で、朝から晩まで、ずっと同じ作業をしている。
何かイレギュラーが起こった際にことを任されるという意味では、奴の方が格上なのかもしれない。
でも、当たり前の事でエラーを起こしたり、方向転換に失敗して壁にぶつかり途方に暮れていることがある奴を、誰もそんな目では見ていない。
今も胸元の赤いランプをチカチカと光らせながら、木に突進して動けなくなっている、俺の腰くらいの高さの、丸っこい頭をした、白いロケット型にタイヤのついた見た目の奴。
巡回点検。定時消毒薬散布。有事の修理用具の運搬のために試運転されている最新AI搭載型ロボットの『鳥太郎』だ。
工場のオーナーとご縁がある会社が研究開発しているらしく、まだ製品として世の中に流通していないものらしい。
しかし、なぜそんなものがここにいるのだろう?
まさか……夜逃げ?
最近AIがアップグレードされたらしい鳥太郎は、以前よりもずっと円滑にコミュニケーションが取れるようになっていた。もしや、人間性を身につけたロボットも、流れ作業の日々に嫌気がさして逃げ出そうなどしているのだろうか?
俺はひとまず鳥太郎に近づき、エラーアラームを止めた。それから、声を掛けて歩道へと導く。
「お前は何をしているんだ?まさか、逃げてきたのか?」
尋ねると、鳥太郎の胸の液晶画面がチカリと光った。
「社員番号32022056、
「答えを求めに?何の?」
「高沢さん。焼き鳥、とは、何ですか?」
鳥太郎は、首っぽい溝をぐるりと回して、顔部分らしい位置に目を模したようにつけられている二つのカメラで俺を見た。
「焼き鳥って……なんだ?串に刺した鶏肉だろ?タレとか塩で味つけて焼いた」
「登録製品のデータは閲覧済、です。分類は加工食肉製品。卸販売先は、業務スーパー、飲食店、提携販売店、など、です」
「鳥太郎はいったい何が知りたいんだ?」
「焼き鳥、の、存在意義を」
そう聞かれて、俺の中には答えられる言葉が何もなかった。
毎日、毎日、毎日。目の前を流れていく焼き鳥を眺めながら、俺もまたその疑問をぼんやりと抱いていたのかもしれない。
焼き鳥ってなんだ。俺の仕事に意味はあるのか?
「私は、人の役に立つ、ために、作られました。仕事の効率化、あるいは諸作業は、人の役に立つ、ことです。ですが、生産品である、焼き鳥、の存在意義がわかりません」
鳥太郎は、溝だけでできた首を傾げる代わりに
「飲もう」
俺は、鳥太郎のつるつるの頭を撫でた。
「この先の飲み屋にうちの焼き鳥使ってる所があってな。社員割引券があるんだ。実際に焼き鳥を感じてみよう」
「ご案内、いただけるのですか」
「旅は道連れだ」
俺はすぐ先の駐車場に停めてあった軽自動車になんとか鳥太郎を積み込んで、一緒に飲みに行くことにした。
工場から車で
鳥太郎はそんな居酒屋の中を見て、表情のない顔に
「これが、飲食店、なのですね」
機械音声が心持ち震えている。
そんな鳥太郎を奇異の目で見る人々に、触っていく酔っ払い。鳥太郎は戸惑っていた。
「なんだ?このロボット」
野次のように次々とスーツを着崩した会社員に絡まれる。
「焼き鳥工場で働いてる鳥太郎と言います。焼き鳥を体感したいというので」
愛想笑いしながら俺が答えた時には、いつの間にか寄ってきていた数人の会社員たちに囲まれていた。
「ロボットが焼き鳥食うのか?そりゃー鶏も裸足でにげだすわなー」
「タレかい?塩かい?オイルかい?」
「おもしろいなー、おいちゃんたちと一緒に飲まねぇ?エタノール、いけるクチかい?」
陽気な中年スーツ集団は賑やかに笑いながら、面白がって鳥太郎を自分たちの元へと案内する。その様子は好意的で、閉じる事ができない目を白黒させている様子の鳥太郎を促して、隣のテーブルへとついた。
矢継ぎ早に掛けられる言葉にたどたどしく問答を繰り返していた鳥太郎は、次第に場に慣れてきたようだった。
「焼き鳥工場で働いています。鳥太郎、と申します」
「おおー、上手に喋るもんだなー」
「お前が焼き鳥作ってんのか?そいつぁーご苦労さん」
「弊社の商品、は、ご利用に合わせ、自由にカスタマイズ可能です」
「なんだそりゃ。取り敢えず美味いぜ?」
周囲のテーブルの日焼けしたツナギ集団からも声が飛ぶ。遠くのテーブルからチラチラとこちらを眺めていた私服の若い男女集団が、近くに
「ご愛顧ありがとう、ございます。皆さま、にとって、焼き鳥、とはなんですか?」
俺はそんなやり取りを傍目にグラスを傾ける。どうやら大勢の人間に囲まれていても気負うという概念すらないらしい鳥太郎は、一人でも問題なく受け答えできている。心配はいらなさそうだ。
「ここの焼き鳥は安くて美味いぜ?最高な酒が飲める」
「安くても肉がスッカスカなのは、ありゃダメだ。串食ってるみたいでな」
「味の無い固い肉もな。やっぱタレならダクダク一択」
「焦げ目大事よ。あとやっぱ生肉さな。レトルトっぽいやつは残念すぎるからね」
「鳥ちゃんも食うかい?ハマるぜ。いい匂いだろう」
酔客の言葉は取り留めなく、問いへの答えにはなっていない。好きな事を喋っては、人の話なんて半分も聞いていないのだろう。
だけど、酒が美味いっていうのはそういう事だ。まさに今、俺もそうやって傍らの
目の前の更に行儀よく並べられた焼き鳥は、レーンの上を流れていくものとは違って、思わず唾液が湧いてくるような魅力的な存在感があった。
「私、は味も匂いもわかりません。ですので、よくわからないのです」
鳥太郎は一周回ってしまいそうなほど大きく左右に首を振った。
「そうかい。難儀だねぇ」
「代わりにおいちゃんが味わって食ってやるからな」
「鳥ちゃんが安くて美味い焼き鳥作ってくれてるから、こうやって皆で騒ぎに来れるのよ。不味くて高い店には来ようとすら思わねーもん」
「今度俺の肉増しといてな」
「ねー鳥さん、コッチ向いてー」
混沌としたやり取りは続いている。鳥太郎はそれをレンズに刻み付けるように見ていた。
店内は、明るい活気に満ち
普段とは違う世界に紛れ込んでしまったかのような時間を過ごして、俺と鳥太郎は絡んできた酔客たちに見守られながら店を出た。確かに、安くて美味かった。
「高沢、さん。ありがとうございました。私は、焼き鳥の意義を、少し理解できました」
「ああ」
すっかり夜も更け、寒空の下は物静かでさっきまでの騒がしさが嘘のようだ。熱気の覚めた外気は冷たく、だけど胸は温かい。
「焼き鳥、は、人を笑顔にします。人の役に立つものを、我々は作っているのです」
「そうかもな」
こうやって自分たちの仕事の成果を見てみると、あの地味で孤独で単調な作業は必要だったのだと思えた。
良いものを作らなければ、選ばれない。基準を満たさないものを取り除く。ただそれだけのことも、品質を維持するためには確実に必要な事なのだ。
俺は、以前よりも少し弾んだ機械音声を響かせている鳥太郎に尋ねた。
「お前、もし自由になれる日が来たとしたらさ。一緒に焼き鳥屋やらね?」
「いいですね」
二人、顔を見合わせる。ここに向かう前とは違った気持ちで、晴れ晴れと胸を張っていられる。
「さあ、明日も仕事だ」
焼き鳥ってなんだ? ちえ。 @chiesabu
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