美味しい食事を食べに行こう
せてぃ
家庭料理の魔女
「変な子だねえ。最高司祭様にまでなれば、カレリアの貴族との会食なんかで、もっといいもの食べれるだろうに」
そう言いながらも、恰幅のいい女性は恥ずかしさを隠すように笑っていた。横顔だけだが、この時間を楽しんでくれているように見える。周囲の目から隠れ忍んでの訪問、それもこちらの都合だけでの訪問を、天空神教会最高司祭シホ・リリシアは、相手に悪かったのではないかと案じていたが、その横顔にほっとした。
そう思って見ている間も、女性の手元は世話しなく動いている。黒髪よりも白髪の多くなった豊富な髪を太い三つ編みにして、年齢相応よりも遥かに肌艶がよく、清潔感がある女性は、実に手際よく手元の食材を洗い、刻み、下味を付けていく。
「ごめんなさい。でも、どうしてもフィッフスさんのお料理が食べたかったんです」
「へへへ、それはそれは。大したものはできないよ」
そんな受け答えをしながらも、手元は常に動き続けている。
シホが母と慕う女性、フィッフス・イフスと落ち合ったのは神聖王国カレリアの王都から少し離れた宿場町だった。そこには大陸中を研究のために渡り歩く『魔女』フィッフスの住処のひとつがあり、その家で、ごく少数の護衛だけに守られたシホの訪問をフィッフスは待っていてくれた。先だって伝令によって伝えた「フィッフスさんとお食事がしたい」という申し出を快く受けてくれたのだ。
「……いまは何をされているんですか?」
「串打ちだねぇ」
「串打ち?」
調理場にいるフィッフスは手際よく済ませた『串打ち』されたものを火に掛けた。机を挟んで対面に座ったシホの鼻腔に、香ばしい香りが届き始める。
香りに釣られて、シホが思わず調理場を覗き込むと、フィッフスは焼かれているものに塩を振りかけていた。
「それで、どうなんだい。あんたの目的は叶いそうなのかい」
「はい。まだ自信はありませんが……」
「自信はなくても最高司祭まで登り詰めたんだ。大したもんじゃないかい」
あんたの目的は、きっと叶うよ、と言いながら、フィッフスは焼けたものを皿に盛り付けた。どうやら何らかの肉料理のようだった。
その料理が最後の一品だった。それからフィッフスは机の上に、これでもかと言わんばかりの料理を並べた。野菜の盛り合わせ、煮物、和え物、汁物、焼き魚。そして最後に『串打ち』した香ばしい香りの品が並べられた。
「これは……」
「鳥の肉を串に刺して、塩を振って焼いてみた。大陸東方のイツキ国の料理さ」
フィッフスの料理は美味しい。
『家庭料理の魔女』と呼ばれるほどに、美味しい。
フィッフスと知り合ってから数度、お茶の席を囲み、数度、食事の席を囲んだ。その都度、フィッフスは自ら腕を振るってくれた。その料理はどれもとても家庭的なもので、養父母の農家で育ったシホには、カレリアの貴族たちと囲む豪華な会食の料理よりも、遥かに美味しく感じられた。
「さて、いただきましょうかね」
「はい、いただきます」
シホはさっそく、イツキ国の料理だという鳥の肉の串焼き料理に手を伸ばした。口に含んだ瞬間に、鳥の持つ澄んだ脂の味が、薄塩の味付けに邪魔されることなく舌の上で旨味に変わる。
「これ、美味しい……」
「だろう? あたしもイツキで食べた時には驚いてね。宿屋の奥さんに作り方を教えてもらったのさ。串に打ってあるから食べやすいしね」
食に対して研究熱心なのも『家庭料理の魔女』たる由縁だ。調理場から出てきたフィッフスは、纏った濃い紫色の貫頭衣の裾を払って、シホの対面に座った。
「それで?」
「……はい?」
フィッフスも食事を始めたが、すぐに手を止めてそうシホに訊ねて来た。
「何か困ったことでもあるんじゃあないのかい?」
い並ぶ料理の向こうから、覗き込むようにしてフィッフスの笑顔が見えた。
やっぱりこの人には、敵わない。
「はい……実は……」
フィッフスの料理を食べたいと思ったのは本当だった。
ただ、それ以上にシホはフィッフスと会って話がしたかった。
対百魔剣に特化した騎士団の創設。
そのために必要な権力の獲得。
一六歳のシホは教会内でひとり、戦い続ける毎日を送っていた。もちろん、慕ってくれる部下はいる。だが、対等に話してくれる人は、ひとりは東方へ剣技を磨きに、ひとりは大陸のどこかへと消えて帰らない。
屈託なく、言葉を交わす時間が欲しかった。
フィッフスとなら、『母』とならば、それができる。
シホはフィッフスが作った料理を次々と口にしながら現状を、悩みを、そして先々の展望を話した。フィッフスもそれに応じて言葉を交わす。
実りのある時間は、美味しい料理と共に過ぎていった。
美味しい食事を食べに行こう せてぃ @sethy
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