オープンリーチ
姫路 りしゅう
第1話
麻雀卓は異様な緊張感に包まれていた。
それもそのはず。
その麻雀には、命が懸かっていたのだ。
いくら麻雀馬鹿のアズマといえど、命が懸かった状態で麻雀を楽しめるほど馬鹿ではない。
手牌を整理しながら、彼は自分の提案を激しく後悔していた。
「……本当に、死ぬのかな」
「……」
「本当に、この局で焼き鳥だったら……一回もあがれなかったら、わたしたちは死ぬのかな」
「ミナだってアレを見ただろう! もう逃げられないんだよ俺たちは!」
「馬鹿だ……。僕が能力を発動させたばっかりに……」
ニシノが発動した異能、『
能力を発動した局で焼き鳥だった人は、死ぬ。
ニシノは自身の能力を知らないまま発動し、すべてを理解した瞬間、激しく後悔をした。
卓の緊張感は晴れない。
**
一見するとハードルが高そうに見える遊戯、麻雀。
しかしその構造自体はそう難しいものではない。
トランプにはスペードやダイヤなど、四種類のスートがあるが、麻雀には萬子、筒子、索子という三つのスートしかない。
この時点でトランプより簡易である。
さらに、トランプはスートごとにA~Kの十三枚の数字があるが、麻雀には一から九までしかない。途中でアルファベットが混ざって「ジャック? お前は何者なんだ」となることもない。
あとは字牌と呼ばれる、東西南北と白發中。白發中のことは御三家や神のカードだと思えばいい。
これらの牌を組み合わせて、山札からカードを引いていき、自分の手札を好きな組み合わせに持っていく。
麻雀とは要するに、絵合わせだ。
中国語ベースというところ、役が少し多いところが多少面倒なだけで、それでも今のテレビゲームより覚えることは少ない。
ただし一つだけ注意することがある。
麻雀が、おもしろすぎるということだ。
昔のインターネットの広告になぞらえると、「本当に時間のある時しかプレイしないでください。面白すぎてやめられなくなります」というやつだ。
そこにだけ注意すれば、あとは飛び込むだけでいい。
その、緑色の沼に、身を預けるだけでいい。
今日もどこかで馬鹿どもが、麻雀を打っている。
**
「麻雀中に焼き鳥食うなんて縁起悪いですヨ」
「ゲン担ぎに頼っているようだからお前はダメなんだ」
焼き鳥とは、対局中一度もあがれなかった人に与えられる不名誉な称号であり、賭け麻雀を行うようなアンダーグラウンドでは、さらなる徴収の対象になることすらある。
仲間内でわいわい打つ時ですら、焼き鳥は煽られる対象になるので、勝敗に関係ないような点数だったとしても焼き鳥回避のためにあがる人もいるくらいだった。
「ロン」
「ぐげえ」
アズマは焼き鳥をほおばりながら手牌を倒した。
「リーチサンシキウラノッテマンガンハッセン」
このあたりの呪文は、ヤサイマシマシアブラカラメと同じものだと思っておけばいい。
振り込んでしまったミナは恨みがましい目で捨て牌置き場を見て、荒々しく点棒をたたきつける。
「これで逆転、かな」
きっちりトップを捲ったアズマは清々しい顔でミナの差し出した点棒を受け取って、清算フェイズに入った。
「もう一局打つか」
一同頷く。
点棒の整理をして、牌を積み上げた彼らは、一度姿勢を正して「よろしくお願いします」と言った。
その瞬間。
ズモモモモモモ。と言わんばかりの効果音とともに、麻雀卓が禍々しい黒炎に包まれた。
「なっ」
「なになに!」
そして、中から白髪白髭のお爺さんが現れた。
「お主らはかなり麻雀を愛してくれているんじゃな」
「……」
呆然としながらもアズマは頷いた。
彼は麻雀が大好きだったからだ。
「そんな麻雀を愛してくれているお主らに、感謝の気持ちを込めてプレゼントをしよう」
「待って、そもそもあなたは誰なんですか」
果敢にもミナが口をはさんだ。
「儂は、麻雀の神じゃ」
「嘘ですネ、麻雀の神が日本語を話すとは思えませン」
キタガミが突っ込む。それを受けて自称麻雀の神は言った。
「中国麻雀と日本麻雀はもはや別物なんじゃ。儂が日本語を話すのは不自然ではない。ということで日ごろの感謝を込めて、神の力を授けてやろう」
「……」
「
自称麻雀の神は両手をあげて、「ハァ!」と言った。
あたりが一瞬真っ白な光に包まれる。
次の瞬間、爺は消え去り、もう麻雀卓はいつもの様相になっていて、四人は顔を見合わせた。
「今のはなんだ?」
「夢……かな」
「でも、なんだか力があふれてきますヨ」
「……ま」
「とりあえず」
「「「「打ちますか」」」」
麻雀馬鹿四人は不思議なことが起こったあとも通常運転で、まずはニシノが親決めのためにサイコロを振った。
**
「さっきあの爺にもらった神様の力? とやらを使ってみようぜ」
アズマが手を挙げて提案した。
「……でも、どんな能力かもわからないよ」
「そこは使ってみてからのお楽しみですヨ」
「確かにたまにはそんな余興もいいかもね。まずは僕が行こうかな」
「じゃあワタシも」
そういってニシノとキタガミが手を掲げた。
「
そういった瞬間、ワクワクした表情だった二人の顔がサッと青ざめた。
能力発動の瞬間、彼らは自身の能力をようやく理解したのだ。
彼らの能力は、想像を絶するものだった。
「マズいです。ワタシの能力は……『
「なんだそれ、格好いいな」
「効果は……い……隕石を降らせる!」
「っ?」
「ここに隕石が振ってきますヨ!」
キタガミがそういった瞬間、窓の外に轟音が鳴り響いた。
光が一気に押し寄せ、一瞬視界が塞がれる。
「どうやら外れた、見たいですネ。どうやらピンポイントに狙って落とせるわけではない観たいでス」
「……いや」
待て待て待て。
アズマは立ち上がった。
「麻雀、関係ないじゃん!!!!!!」
そしてニシノが、彼に似合わない低い声で「ごめん」と言った。
『
焼き鳥だったプレイヤーを、殺す異能。
**
無言のまま東一局が流れた。親がノーテンだったため、そのまま次のラウンドに移行する。
通常麻雀は親が二周したらゲーム終了になる。つまり、特殊な場合を除き、八回しかできない。
そして今、残り七局になった。
「……」
「……ほら、大丈夫だよ」
「ミナ……」
「わたしたち、焼き鳥なんてそうそうないじゃん。普通に麻雀を打ってたらなんとかなるって」
ミナの言う通り、焼き鳥プレイヤーが現れるのは数局に一度だ。普通に打っていれば大丈夫。
大丈夫。
大丈夫。
「あ、ツモです」
東二局。子のキタガミがあがった。ふぅ、と安どのため息をつく。
あと一牌で上がるはずだったアズマは頭を掻きむしった。
大丈夫。まだ二ゲームが終わっただけだ。
そう思った矢先。
「あ、ツモっ……あ」
キタガミが再び、手牌を倒した。
「…………」
お前はもうあがらなくていいだろうが!
三人とも、恨みがましい目でキタガミを見た。
麻雀とは不思議なもので、絶対にあがりたいと思えば思うほどあがれなくなってしまう。
麻雀は、負けないのは実力。ただし勝つのは運だというのはよく言ったもので、守りに徹すれば大きく負けることはないものの、勝てるかどうかは結局運次第である。
本来であれば配牌の瞬間に、その手が速そうか遅そうかを判断し、どういう手で進めるか大体の方針を決定づける。しかし今日この瞬間においては速い手しかいらない。
そもそも速い手ではないと上れないうえに。
「……くっ」
東四局、アズマの配牌にはドラと呼ばれる点数を大幅に上げる特殊牌が四枚埋め込まれていた。
この手は、あがれない。
麻雀は途中で誰かが手持ち点を全て失った瞬間、そこで終わる。
だからこの場は、高すぎる点数であがってはいけないのだ。
仕方なくドラから切り始めるアズマだったが、そんな打ち方をしていて手が進むはずもなく。
「ノーテン」
麻雀は後半戦に突入する。
**
「ロン、千点」
アズマが安堵のため息とともに手牌を倒したのは南三局のことだった。
ニシノもすでにあがっていたため、あとはミナを残すだけになった。
運命のオーラス。
ここでミナがあがれなければ、彼女は死ぬ。
「……」
ミナは配牌を見て泣き出した。あまりよくなかったのだろう。
それでも、他三人にはもうあがる気がないし、アシストだってできる。
「……」
麻雀とは、運命とは残酷なもので。
ミナはあがれないまま残り牌二ターンとなった。
「……張ってる?」
「……イーシャンテン」
イーシャンテン、すなわちあと二枚有効牌を引かないとあがれない。
「…………」
そして運命のツモ。
ミナは牌の表面を親指で撫で。
「……ダメ」
と呟いた。
その瞬間、アズマは半ば反射的に叫んだ。
隕石を降らせるキタガミ。焼き鳥を殺すニシノ。与えられた異能は恐らく使い物にならないが、このまま何をやってもミナが死んでしまうというのなら。
神の力に、縋るしかない。
「
そうか、俺の能力は五秒だけ時を―
**
ミナは牌の表面を親指で撫で。
「……ダメ」
と呟いた。
その瞬間、アズマは半ば反射的に叫んだ。
隕石を降らせるキタガミ。焼き鳥を殺すニシノ。与えられた異能は恐らく使い物にならないが、このまま何をやってもミナが死んでしまうというのなら。
神の力に、縋るしかない。
「
そうか、俺の能力は五秒だけ時を―
**
ミナは牌の表面を親指で撫で。
「……ダメ」
と呟いた。
その瞬間、アズマは半ば反射的に叫んだ。
隕石を降らせるキタガミ。焼き鳥を殺すニシノ。与えられた異能は恐らく使い物にならないが、このまま何をやってもミナが死んでしまうというのなら。
神の力に、縋るしかない。
「
そうか、俺の能力は五秒だけ時を―
オープンリーチ 姫路 りしゅう @uselesstimegs
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