第73話 罪徳の都

「真理様、お呼びした理由は最近世間を賑わせている犯罪についてです」



 鋧治さんについて行き、辿り着いたのは会談室のような落ち着いた雰囲気を醸し出す部屋だった。

 そして、彼から言われたのは、世界で多発している同一犯によるものについてだろう。神出鬼没、殺害方法不明、完全犯罪を次々にあり得ない速度と行動範囲でなし得ている化け物。まあ、ニャルラトホテプであろう。



「アレですよね。ニャルラトホテプですよね、犯人」

「はい、その通りなのですが……」

「ここからはミーが話すとしよう。鋧治くんは部屋の外で見守ってて」

「……欧阳アジア事務局長!」



 そう言って、外から出て来たのは、欧阳アジア事務局長という【MCC】におけるアジア統括を任された上層部の中でもトップクラスの権威を持つ男性だった。

 中国人でありながらも、流暢な日本語と意味不明な一人称、金色の品のないスーツがトレードマークの彼が何故アジアの中でも極東に位置する日本に居るのか私にはわからないが、鋧治さんは上司の命令に聞かなければならないので、私と欧阳氏と二人で世界を揺るがす事件について語らねばならないという事が決定した事は理解できた。


 少しだけ驚きながらも、ペコリと頭を下げて鋧治さんは部屋の外へと出て行った。



「ではでは、久し振りだネ、真理くん。食人衝動は抑えられているかネ?」

「はい、あの世界ゲームを勧めて頂いたお蔭で死ぬまでは抑えられそうです」

「そうか、それならいい」



 少し寂しそうな表情を見せると、すぐに切り替えていつもの人好きしそうな笑顔に変化させる。

 本当にこういう誰かの上に立ったりする人たちは素晴らしいと思う。人が何を考え、どうすれば心を開くか、または操れるかを理解して、自身が考える最適解を選択していく。

 誇れる技術だ。



「まず、世界各地で起こっている残虐行為の数々は一体のニャルラトホテプが関わっている。我々【MCC】に快く協力してくれる【認知の狂気】が言うには二つ以上能力を持っているという事がわかった」

「二つ、本当か?!そんなもの、突然変異種としか言えない!ニャルラトホテプは変異など起こさない!」

「落ち着いて。一応、言っておくと突然変異ではないヨ」



 突然変異ではない。という事は、まさか。



「思い浮かべた通り、故意。君たちの母体が創り出した分霊、君達と同じであって根本が違うもの。それが今回の事件の黒幕さ」

「……本当に母体は面倒な事しかしませんね。それで私に何を頼みたいんですか?」

「おうおう、ストレートだネ。……別に頼むという訳ではないけど、何か情報を手に入れたら、教えてほしい事と、出会ったら手傷を負わせて欲しい」

「……いいのですか?ニャルラトホテプ同士の殺し合いは禁止されていると定められていたと記憶しているのですが?」

「今回は例外。世界各地のニャルラトホテプにも声を掛けてる。まあ、殺せと言ってる訳でもないし、強制でもないから。余り気にしないで欲しいネ」



 強制ではないとは言っているものの、欧阳氏の顔は一種の不安と焦燥、道への怒りが滲み出ている。

 彼は彼なりに努力して、アジア事務局長という地位に就いた事は知っている。それに異常種のニャルラトホテプが我が愛しの家族に害を為す可能性もある。

 とするならば、受け入れる事に対する嫌悪感はない。しかし、これは国際問題ひいては世界防衛である。無償で請け負う事は出来ない。

 報酬については私からしてみればどうでもいいのだが、便宜上報酬について聞かねばならないだろう。



「もし私がソレについての情報だったり、手傷を負わせる事が出来た場合は貴方たち【MCC】は何を私に渡せますか?」

「情報一つで日本円で100万。ああ、情報の価値によって変動はするけど、大体そこら辺にはなると思うヨ。そして、手傷若しくは殺害や捕縛で、前述から順に6500万円、勿論戦闘時によって齎された怪我の治療費も払わせて頂きますヨ。そして、殺害が一億。捕縛で十億でどうでしょう?」

「……捕縛ですか。難しいと思いますが?

 まあ、報酬については疑問点はありません。ですが、戦闘による報酬の変更を申し込みたいのですが、よろしいでしょうか?」

「場合によるけど……何かネ?」


「私の命題は我が家族が幸せに暮らす事。それはご存知ですよね」



 欧阳氏は恐る恐る頷く。

 彼と私はそれなりの関係ではある為、知っている事は承知済み。そして、彼は【MCC】という国際秘密組織の幹部の中の幹部。

 それなりに権限は持っているだろう。


 とするならば、私が彼に求める事は一つのみ。



「【対災式宝珠】の贈呈。もしくは、外宇宙物質で作られた銃弾十弾とそれに適応する拳銃一丁……で、どうでしょう?」

「……真理くん、それは十億なんて端金になる。途方もない価値を持ち得る、暴走したニャルラトホテプに対抗する為に作られたものたちだよ。

 幾ら君と言えども渡す訳にはいかない」

「……知っていますよ。なので、私が死亡する瞬間に冷凍保存コールドスリープさせる事を許可します。その後、私がどうなろうと構いません。好きに使ってください」

「君は!!!」

「お願いします」

「……………ミー、個人では手に余る事案ネ。本部に連絡だったりしなくちゃだから、それなりに掛かると思う。でも、君の出した条件をクリアするには捕縛しかないヨ」



 知っている。それ程貴重なのは知っている。

 【対災式宝珠】は世界で4つしかなく。全てが【MCC】にとって重要拠点にあり、防護結界と意識の阻害をしている。

 外宇宙物質由来の武装も現状十分とは言えず、敵になるかもしれない存在に渡すなど愚行でしかないだろう。


 だから、私を差し出した。私は到底長く生きる事は出来ないだろう。ならば、【MCC】に上手く活用してもらった方がいいだろう。だが、だからこそ。私が生きている間に家族の安寧を築かねばならない。私が一度壊したモノをもう一度直す。



「……真理くん、これはアジア事務局長としてのミーではなく、一人の大人の独り言だと思って聞いて欲しい。

 君は後悔している。あの日の行いを。あの日の狂気を。あの日の崩壊を。それでも君は気高く在ろうとする。とっくに壊れている人形 真理という人格を新たに生み出した人形 真理で覆い隠している。

 それは他人からすれば怖いと思われているかもしれない。美しいと思われているかもしれない。哀れと思われているかもしれない。ミー自身もそんな君を時たま怖いし、可哀想だと思う。何とかしてやりたいと思う。こんな風にしたあの人を恨んでいる。


 でも、君がそう選んだなら、ミーから何か言う事は出来ない。

 だから、これは戯言で、独り言。


 家族の中に君は入っているのかな?……君自身はあの家族には不相応だと思っているかもしれない。でもね、それでもあの優しい人たちは君を家族だと思っているよ。どう君が変わろうとも、彼らは笑顔で受け入れる。それが家族だ。最も血が、心が、愛が深く繋がった存在だ。君がニャルラトホテプだとしてもね。


 だからね、ミーは思うんだ。君はもう少し君を大切にして欲しい。本当だったら、君に捕縛命令なんか下したくない。平和に生きて欲しいと思っている。

 もう一度言おう、何度でも言おう。君も家族の一員だ。◼️◼️してね、真理くん」



 優し過ぎた。私には明る過ぎた。私には清過ぎた。私に言うには遅過ぎた。いや、早過ぎた。

 壊れた自分を優しく撫でてくれた彼の表情がふと思い出す。彼の今の表情も変わらない。その瞳には月のような淡い慈愛の色が浮かび、哀しげに歪む口元が嫌に私の眼に飛び込む。


 辛い。辛い。辛い。優しさが辛い。私に優しさを向けないでくれ。私にはその価値がない。私は冒涜的な存在の分霊だぞ!なんでそんな私が優しさを享受しなければならない!

 私は幸せになってはいけない。私が家族の一員ではない。私は嫌われなければならない。誰かの幸せの踏み台にならなければならない。あの子たちの未来を奪ったんだ。だから、私は幸せになっていけない。せめて家族が私を忘れてしまう程に幸福を享楽出来るように!


 貴方の優しさは私には遅過ぎて、早過ぎたんだ。



「……それでも、私は止まれない。ブレーキが壊れた車は何処かに突っ込み爆発するまで止まれないように、理性が、自己が壊れた私は幸福を家族に届けるまで止まれない。最期は華々しく、そして、ひっそりと死ぬしかないんだ。

 でも、ありがとうございます。貴方が居た事、貴方が優しい事。それだけは忘れません」



 私は目に浮かぶ雫を薙ぎ払い、扉を開き、外に出る。


 誰かの声が聞こえた。

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