猫の国のミミ【KAC20226:焼き鳥が登場する物語】

冬野ゆな

第1話 ミミとトナリノ山の怪鳥

 ぱんっと小気味よい音を響かせ、洗濯物をサオに引っかける。

 風がふきぬけて、白い布がひらひらと揺れた。


「ふ~」


 これで洗濯物はおわり。きょうも気持ちのいいお天気だ。

 私の名前はミミ。

 くるくるの金色巻き毛と、茶色い目の女の子。そしてわけあって、ひときわ大きなおうちに住んでいる。


「よおし。あとは……そうだな、そろそろ買い物に行かなきゃ、かな?」


 このあいだ、魚をいっぱい貰って、しばらくは食べ物に困ってなかった。だけど、おなじものばかりだと飽きてしまう。

 それじゃあきょうはお買い物に行こう、なんて考えていたときだった。


「ミミーー!!」


 大きな声といっしょに、なにかが庭のなかにとびこんできた。


「レオ? どうしたの」


 とびこんできたのは、茶トラ猫だった。


「ミミ! たいへんなんだよ!」

「ちょっと、おちついて」


 でも、ただの茶トラ猫じゃない。

 二足歩行で歩いて、喋って、シャツとズボンを着て、吊りベルトをしている。手と足は何も着てない。

 ちらっと見ると、庭の入り口のところからおろおろと他の猫たちものぞきこんでいる。みんな二足歩行の猫だ。普通の猫とちょっと違うのは、みんな言葉を話せて、人間みたいにゆったりした衣服に身を包んでいること。そして立ち姿が普通の猫よりちょっと大きくて、私の腰くらいまであること。

 つまりここは猫の国で、わたしはちょっと訳ありで、唯一住んでいる人間の女の子だ。


「怪物が出たんだ! コテツとちゃちゃまるを助けてよ~~!」

「か、怪物?」


 困った顔をすると、入り口からシャム猫がゆっくりと入ってきた。

 シャム猫も二足歩行で歩いていて、シャツとズボンを着ている。


「レオはちょっと落ち着け」

「あ、ムギだ。これはいったい何事なの?」

「それがな。レオが、トナリノ山で、へんな怪物に襲われたっていうんだ」

「へんな怪物?」

「まっくろで、あかくて、でっかいんだよ~~」

「実際、コテツとちゃちゃまるのふたりが帰ってきてない。どこかで迷子になってる可能性もあるけど……。そんなに深い山でもないし、僕らが帰ってこれないのは相当だよ」

「うーん。それに、何かを見間違えたにしてもちょっと気になるね……」

「ミミ! おねがいだよ、二人を助けてぇ!」


 レオの懇願に、私はとうとう折れてしまった。


「わ、わかったよ。とりあえずレオ、私といっしょに二人を迎えに行こう」

「ほんとう!? ありがとう、ミミ~~!!」


 レオがまた突進してきて、私は後ろにひっくりかえりそうになったのをなんとか堪えた。


「ほら、おちつけレオ。……ミミ、僕は応援を呼んでくる。もし手におえないようだったら、すぐに戻れ」

「うん。任せたよ、ムギ」







 それを木の陰からそっと聞いている三匹の存在に、ミミは気付かなかった。


「……聞いたか?」

「聞いたっすよ、親分!」

「トナリノ山になにかいいものがあるって!」

「うんうん。なにか違うきがするが、あいつに一泡吹かせるいいチャンスだ」


 黒い三つ揃いに黒いマントを羽織った灰色猫が、二匹の小柄な黒猫に言う。


「このあいだ、ミミのやつには邪魔されたからな」

「黄金の魚……惜しかったっすねえ~」

「ふふふ。あのときの雪辱は果たしてやるぞ、ミミ……!」


 三匹の猫たちは決意を新たにして、ミミのあとを追っていった。







 レオの案内で、なにかあったときのための棒きれを手に、山を登っていく。

 トナリノ山は薬草の群生地があったり、丘には星が降ってくる伝説があったりと、身近でありながらよくわかっていない山だ。

 それこそ怪物がいると言われても、不思議じゃない。


「もうすぐだよ、ミミ。こっちに洞窟があるんだ」

「う、うーん。そんなでっかいのがいるとして、かてるのかなあ」

「いざとなったら、コテツとちゃちゃまるだけ探して……」


 そのときだった。

 がさがさとどこかから気配があった。


 思わずみがまえる。

 しげみのなかをこそこそと進む。ひょいと顔を出した先に、そいつはいた。


「コーーーーケコッコーーーー!」


 巨大な影から大きな声が響いた。


「う、うわーっ!?」

「あ、あれだよ、あれ!!」


 そこにいたのは、私と同じくらい、いやそれよりももっと大きなニワトリだった。

 こんなの見たことない!


 羽が真っ黒で、トサカだけ燃え上がるように真っ赤だ。そしてでかい。いくらニワトリだっていったって、限度がある。


「ど、どうしようミミ!!」

「どうしようったって、こんなの私にもどうにも……。一旦戻ってムギに……」


 ニワトリの目線がぎろりとこっちを見る。

 突然のようにニワトリが走り出し、避けることすらできずに弾き飛ばされてしまった。思わず棒から手を離してしまう。


「うわっ!」

「ミミ! よ、よくもミミを!」


 レオが立ち塞がったけれど、結局ニワトリの目線に後ずさる。


「ど、どうしよう。まさかコテツとちゃちゃまるももうあいつに……」

「はっはっはっは! ぶざまだな、ミミ!」


 そのとき、急に声が降ってきた。


「えっ。この声……」

「そのとおり。悪の大泥棒、バロン様だっ!」


 マントがばさあ! とゆれて、目の前にバロンが降り立った。


「そ、そんな場合じゃないんだよバロン!」

「は?」


 バロンはようやく、後ろで威嚇している巨大なニワトリに気がついたらしい。その顔が一瞬にして引きつった。


「ばけものだーーーっ!!」


 バロンと手下の猫たちの声がかぶる。


「いわんこっちゃない!」

「おい! ミミ! あ、あのばけものはなんなんだ!」


 さっきの威勢はどこにいったのか、全員が私のうしろに隠れてしまう。

 けれど、レオも構っているヒマは無さそうだった。


「どどどうしようミミ!」

「どうしようって言ったって……」


 後ろを守りつつ、目の前の大きなニワトリから後ずさる。

 そのとき、バロンの羽織っているマントが目についた。真っ黒で、バロンの体を隠してしまえるくらい大きい。


「マント? ……布、そうか……。バロン! そのマント貸して!」

「はあっ!? こ、これは俺様のイッチョウラだぞっ!」

「いーわよ、あとで洗ってあげるからっ! それが必要なのっ!」

「う、うるさいっ! お前に貸すくらいなら俺様がやるっ!」


 ということなので、バロンに任せることにした。


「わかった。レオはさっきの棒を持ってきて。コッチとドッチは、それまであの鳥をかくらんしてほしいの」

「おいっ、俺様の部下に……」

「へいっ!」

「わかりやした!」

「お・ま・え・ら~~!!」

「そしたらバロンは、私が合図したら動いて」

「くっ、ほ、本当にうまくいくんだろうな?」

「いかなかったら、それまでだよ! さっ、行ってきて!」


 私の合図で、レオが走り出した。

 最初は二つ足だったのに、途中から四つ足で走り出した。ニワトリがレオに気を取られ、レオのほうを向く。


「おまえの相手はこっちっす~!」

「やーいやーい」


 コッチとドッチがニワトリの気を引くと、ニワトリの視線がレオから離れた。両側からはやしたてて、ニワトリを混乱させる。


「バロン!」

「わかっている!」


 バロンがその跳躍力を駆使して、ニワトリの上まで飛び上がった。

 そのとたん、ニワトリの頭がぐるんとバロンを見た。けれど、ひるまない。


「――はっ!」


 バロンがマントをひるがえし、ニワトリの頭を覆う。視界が塞がれたニワトリの動きがにぶった。

 レオが私に向かって叫ぶ。


「ミミぃ! ふぉれ!」


 棒をくわえたレオが四つ足で走ってくる。バトンタッチすると、勢いよく棒を振り払った。


「――えーいっ!」


 布にくるまれた頭めがけて棒を振り下ろすと、ごぉん、とにぶい音が響いた。







 気絶したニワトリは、改めて見ても大きかった。


「どうやらこいつは、黒ニワトリの一種みたいだな。でも、ここまででかいのは俺様もはじめてだ」


 そう言っていると、レオがおーい、と声をあげて走ってきた。


「ミミー! コテツとちゃちゃまる、いたよおお!」

「あ、見つかった?」

「洞窟の奥に、木の枝みたいなので巣が作ってあったんすよ。そこで寝てました」


 コッチとドッチがそれぞれコテツとちゃちゃまるを背負ってやってくる。


「……それで、こいつはどうするんだ」

「これは……ちょっとここにいる猫だけじゃ無理だね」


 そのとき、おおい、というムギの声が聞こえた。


「だいじょうぶか! なにがあった!?」

「む……。どうやら労働力が来たようだぞ、ミミ」

「そうみたいだね」







「うわー、でっかい!」


 翌日。

 巨大な石窯の扉が開かれると、中からはおいしそうなにおいが飛び出した。


 村に戻ると、既に石窯の制作もはじまっていた。こういう時だけは手が早い。持って帰ってきたニワトリも、あっというまに手が加えられて、そのまま丸焼きになることになった。毛がなくなって焼くのを待っている状態になったニワトリは、それでもまだ大きかった。猫たちが全部食べきって、私も一緒に食べても、まだ残りそうなくらい。


「いただきまーす」


 あむっ、と口の中にいれる。

 スパイスがきいていて、肉もやわらかくておいしい。


「うーむ、考えたな。巨大な焼き鳥にするとは……」


 ちぎりとった焼き鳥の一部を豪快に食べながら、バロンが言った。

 その様子をムギが微妙な顔で見つめていた。


「ところで、なんでお前がいるんだ? バロン」

「なにを言ってる。俺様は今回の功労者だぞ」

「……そうとも言えるかな?」


 しかたなくそう言うと、バロンは偉そうに胸を張った。

 その横で、レオが笑った。


「でも、これでまたミミ伝説が増えたね」

「へんな伝説は増やさなくていいから」


 さすがにそれは遠慮したい。

 でも後日、私の伝説に「巨大なニワトリを倒した」が追加されてしまって、バロンに怒鳴りこまれたのは別の話だ。

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猫の国のミミ【KAC20226:焼き鳥が登場する物語】 冬野ゆな @unknown_winter

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