鶏肉ノスタルジー

悠井すみれ

第1話

 炎纏鳥フェニックスの換羽期の飛行が見られそうだ、ということで予定していたルートを少し変えることになった。


 急ぎの旅じゃないんかい、と思いながらも言われるがままに四足歩行のダチョウっぽいが曳く車に引かれることしばし──にやって来てからも指折りの絢爛豪華な煌めきに、私は思わず歓声を上げていた。


「うわ、すご──」


 草木のまばらな荒野に、立ち上る煙は活火山でもあるのだろうか。空の青と茶色い大地と、少しの緑。そのキャンパスを背景に、赤と黄金に煌めく雲とも虹ともつかないが形を変えながら飛んでいる。

 炎を纏って飛ぶ鳥が、群れをなしている。長い尾羽がある姿は、孔雀に似ている。ただし、ベースの色は鮮やかな──炎のような、赤。羽ばたくたびに火の粉が飛ぶんじゃないかと思うくらいに、鮮やかな。さらには金を帯びた黒や碧やオレンジの模様が、翼を焦がす炎で眩く煌めいて空に映える。


 無数の鳥が、それぞれの羽根の華麗さを競うように複雑な曲線を描いて飛び交う──これは、絵にも描けないし、仮にスマホが手元にあったとして、画像や動画に残せるとも思えない。見渡す限りの空に炎が踊る、こんな光景は。


「一見の価値があるでしょう」


 フェニックスって不死鳥じゃないんですか、と聞いたら、そんな鳥はいませんよ、と笑われた。の非常識ぶりに付き合ってくれる神官かれは、私の反応にご満悦の様子だった。ゆったりとした袖の袂──と、日本人的には認識する──をたなびかせて、彼は白く立ち上る煙を指さした。


炎纏鳥フェニックスは、その名の通りに炎の精の眷属で熱に耐性があります。地味な冬毛から繁殖期の飾り羽に換羽するときは、自ら火口に飛び込んで古い羽根を焼き落とすんです」

「あ、やっぱり火山があるんですね」

「ええ。彼らは熱と炎を好むので。森や草原だと、この飛行は危険でしょうしねえ」


 なるほど、山火事になりかねないもんね。生態系って、でも上手くできているらしい。自然の神秘に深く頷きながら、私は炎纏鳥フェニックスの乱舞に、その煌めきに目を細め──好奇心のままに、尋ねた。


「あれ、燃えながら──焼けながら飛んでるんですよね? 羽根を毟るまでもないってすごくないですか? 料理しやすそうで──食べたりしないんですか? あの子たちは美味しいんですか?」


 では、精肉が売られている場面は稀なのは、もう知っている。日本なら見ないで済んでいた血や内臓の処理も、可哀想でも生々しくても、誰かがやってくれていることなのだと──前も薄々とは知っていたけど、実感として学んだところだった。


 でも、それなら。炎纏鳥フェニックスって、羽根の下処理いらずの素敵な食材だったりしないだろうか。炎耐性があるっているなら、病原菌や寄生虫もいなさそうだし。温玉に、とりわさ──食べたいと言ってみたら正気を疑われた懐かしい味の数々も、もしかしたら!?


 期待を込めての立て続けの質問に、彼は青い目を丸々と見開いた。また何か変なことを言っってしまったのか、と不安の暗雲が胸に広がったのも束の間、彼はしみじみと呟いた。


「貴女は……本当に異世界からいらっしゃったのですね」

「え、今さら!?」


 一方的に呼び出しといて何いってんだお前──私の目に浮かんだ感情を読み取ったのだろう、彼は慌てて手を振った。


「いえ──文献によると、過去の聖女様にも同じことを仰った方がいらっしゃるとのことで。ユイ様のお話を聞くにつけても、食い意──いえ、食に関する興味が旺盛な文化なのだな、と」


 今、食い意地って言いかけたな。


「まあ……元の世界でも国と言われていたかも、ですけど」


 発酵した腐った豆が国民食だし。猛毒の魚を、理屈は分からないけどなんか食べられるようにしちゃうし。なぜそこまで、って手間暇かけてやっと作り出す謎のぷよぷよこんにゃくとか。各国料理のローカライズもお手の物、食い意地のはった国民性ではあるんだろうけど。


 そっか、前の聖女様も日本人だったのかな。醤油や味噌が恋しかったりしたのかなあ。


「ユイ様のお国では、鳥はどのような食べ方があるのでしょう?」

「真っ先に出るのは揚げものですね! 例の、大豆を発酵させた調味料に漬けたり、香辛料の衣をまぶしたりしたのを揚げるんです。煮物でも炒め物でも色んな味付けがあるし──蒸したり茹でたりしてさっぱりしたタレでいただくのも良いですよね。ひき肉にして、つくね──肉団子にしたりとか。あとは、焼き鳥っていって、ひと口大の鶏肉を串に刺して焼いて、塩を振ったり甘辛のタレにつけたりしてですね、これがあのビールっていうお酒にすごく合って──」

「ユイ様、落ち着いて。その……お顔を、拭いて」


 彼の困った顔を見てやっと、私は頬を涙が伝っていることに気付いた。食べ物の話でホームシックを募らせるなんて、どれだけ食い意地が張っていると思われただろう。

 顔が熱くなるのを感じながら、渡されたハンカチ的なものを受け取って、目元を拭う。


「……すみません。貴方に言ってもしかたないのは分かってるんですよ」

「こちらこそ。もともとのご生活を奪ってしまったこと、どのようにお詫びしてもし切れるものではありません」


 私がに呼ばれた理由──まだ全容を把握していないし、把握したところで納得しきれるものじゃないだろう、とは思う。でも、少なくともこの人は良い人だ。私のために素敵な景色を見せようって気遣いもあるし、日本の話にも耳を傾けてくれる。


炎纏鳥フェニックスが食べられるかどうかは──分からないのですが。地元の民に聞いてみましょう。変わった料理があるかもしれません」

「いや、別に無理にって訳じゃないんですけど……っていうか、私は別にゲテモノ好きな訳じゃ……」


 このフォローのし方からして、相当な食いしん坊だと思われているような気がしなくもなくて、それは……不本意ではあるんだけど。


 まあ、異世界の食事もお酒もお菓子も、興味がないって言ったら嘘になるし。滅多にできない経験で、人の役に立つことらしいし。押し付けられた聖女業も、頑張ってみようかなって思っている。

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