魔女でも分かる!! 焼き鳥入門

宇目埜めう

魔女と焼き鳥

「ねぇ、ナオ。お酒を飲んだことはあるかい?」


 真っ白なふわふわの毛に包まれた自慢の尻尾を振りながら、メルティオラことメルは、相棒の津雲直人つくもなおとに質問を投げかけた。


「お酒かぁ。一度だけあるよ」


 答える直人は、動物が人間の言葉を話すことに疑問を持っていない。知り合った時からそうであるし、わけを尋ねれば「ボクは魔女だからネ」と返ってきて、魔女ならそんなこともあるかと一応のところは納得していた。


「えっ!? あるの!? そんなこと初めて聞いたヨ。なんで黙ってたのサ」


 自分から尋ねてきておいて、あんまりな反応だが、メルの中では、直人は酒を飲んだことがないということで質問する前から結論が出ていたらしい。では、なぜ尋ねたのかという疑問は、魔女の前では野暮というものである。


「そりゃあ、俺だってもう立派な成人だぞ? 酒くらい飲むだろ」


「いや〜、年齢で言えばそうかもしれないけどサ。──なんていうか、その……ナオは……」


 メルは、「人見知りが激しいから、飲み友達なんていないはずだろう?」という疑問をすんでのところで飲み込む。


「なんで急にそんなこと聞くんだ?」


 口ごもるメルをさほど気にする様子もなく、直人は反対に尋ねた。


「いやね。ボクたち魔女は、飲み物を飲む時には必ずお供をつけるんだヨ。お供と言っても従者じゃないヨ。まぁ、平たく言うとお菓子ってことになるのカナ。紅茶のときはクッキーだったり、ワインのときはハムやフルーツだったり」


「ふぅん。そうなのか。チョコレートは食べないんだな」


 大好物なはずのチョコレートが、例の中に含まれていないことを意外に思って、直人が尋ねると、メルは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「チョコレートは、飲み物があろうとなかろうといつだって食べるものだからネッ!!」


 どういうわけか自慢げなメルを片手であしらって、直人は続きを促す。


「それで? それがさっきの質問とどういう関係があるんだ?」


「うん。人間もお酒を呑むときに限っては、必ず食べ物を食べるんだろう?」


「おつまみのことか?」


「そうそう。それだヨ」


「必ずじゃないけど、たしかにおつまみを食べることが多いかもな」


「ナオはそのおつまみについて、詳しいのかい?」


「いや……詳しくはないけど」


「でも、知っているんだろう?」


 身を乗り出して尋ねるメルに、直人は若干引いていた。メルがこうやって何かに興味を示すとろくなことにならないことを経験から知っている。


「ほらぁ~、なんだか茶色くって~、テカテカした甘いソースがかかったオツマミ? っていうやつがあるらしいじゃないカ」


 うっとりとした顔のメルはその脳内にチョコレートを思い浮かべていた。直人は、メルの思惑を瞬時に察する。


「そいつが抜群においしいって聞いたヨ。ねぇ、食べてみたいヨ~。そのオツマミっていう茶色い甘いソースがかかったヤツをサ~」


 懇願するメルにややあきれていたが、直人はメルの大いなる勘違いにもすぐに気が付いていた。気が付いたうえであえて、真相は伝えない。嘘は許されないが、あえて本当のことを伝えないことは、嘘ではない。構わないとメル本人が言っていた。

 だから──、


「よし、そんなに食べたいなら、今から食べに行くか?」


「いいのかい!?」


 直人は、目をキラキラ輝かせるメルに多少の罪悪感を覚えたが、普段メルにされているイタズラを思い出して、心を鬼にする。たまにはやり返したってバチは当たらない。


 直人がメルと連れ立って訪れたのは、直人がで一度だけ訪れたことのある店だった。その店の看板商品が例の茶色くて甘いだ。


「注文はどうします?」


 直人とメルが席に着くなり、初老の大将が注文をとりにそばまでやってくる。


「う~ん、それじゃあ、ハツとボンジリ。それからセセリをお願いします」


 直人はあえて、それと聞いただけでは分からないものを注文した。ネギマやレバーなどと言ってしまうと、メルに感づかれる可能性がある。


「ハツ? ボン……なんだって? なんなんだい。その変な名前は。この店のチョコレートには、そんなに種類がたくさんあるのかい?」


「この店の売りは、種類が豊富なことだからな」


 嘘にならないように細心の注意を払う。幸いメルは、まだ自身の勘違いに気が付いていないようだった。


「ねぇ、ナオ。この店はチョコレートのお店なのに、チョコレートの匂いがしないね」


「はいよ。ゆっくり味わって食ってくんな」


 ようやくメルが怪しみだしたころ、大将がブツの乗った皿を持って現れる。


「とにかく、食えよ」


 直人がごまかすように促すと、メルは、首をかしげながらもブツ──最初はカシラ──を口に運んだ。ブツを覆っていたタレがメルの口を汚す。


「──ん? んんん!?  んんんんんんん~~!!!!」


 口に含んだ瞬間に大好物ではないと悟り眉を顰める。が、しかし、存外悪くはなかった。


「直人!! なにこれ!! チョコレートじゃないじゃないカ!!」


 メルは興奮気味に直人に向けて唾をとばす。タレの甘辛い香りが直人の鼻腔をかすめた。


「俺はチョコレートだなんて一言も言ってないよ」


「むむむむっ。たしかに……。それなら……嘘は吐いてないカ」


「だろ? だからそんなに怒るなよ。それより、それ。どうだ?」


 直人が尋ねると、メルはキラキラした目で応えた。


「おいしいに決まってるヨ。これがオツマミってやつなのかい? いったいなんなんだい?」


「それは、焼き鳥っていうんだよ。鳥の肉を……」


 直人が説明しようとするも、メルはもう聞いてはいなかった。

 チョコレートほどとはいかないが、焼き鳥はメルの舌をうならせた。

 この日以降、ことあるごとに焼き肉を食わせととせがまれることとなり、直人は自分のしたいたずらを後悔することとなった。

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魔女でも分かる!! 焼き鳥入門 宇目埜めう @male_fat

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