美味しければいいってもんじゃない〜嘉穂のおうちカフェご飯KAC特別出張焼き鳥の可能性

蜜柑桜

焼き鳥、能力高し。

「嘉穂、それ惣菜で安売りだったからと思って買いすぎた。悪いけど余ったやつ適当にして」


 同窓会で嘉穂の大学の街まで来た兄は、夜遅くに嘉穂の家に着くなり大量の焼き鳥のパックを差し出した。同期との花見用に買ったらしいが、男が集まっても残るほど食料があったらしい。一人暮らしの嘉穂としては実に助かった。

 そして翌日。


「じゃ、俺ちょっと教授に挨拶してくるから。夕飯には帰ってくるし」


 勝手に出かけて行ってしまうあたりが俺様兄様である。しかも一言。


「適当でいいけど、昨日と同じはやだなぁ」


 偉そうである。


 だがしかし、兄の出資による食費サポートには頭上がらず、ここで逆らえば次はなし。然れども本日、生憎ながら冷蔵庫には消費期限本日の焼き鳥。「賞味」ではない「消費」である。冷凍せずしてこの状態、パックに貼付された表示日時本日23時までに食せねばならぬ。


 しかれども昨日と同じは嫌とな。


 家事に慣れぬ女性にょしょうなればここで頭を抱え兄に呪詛を唱えることだろう。だがここにいるのは家事なら経歴長き嘉穂である。家事しか、ではない。では、多分、ない。恐らく……ない。

 兎にも角にも家事の中でも料理ならばそれなりの腕を誇る嘉穂である。兄上の一刀無茶振り、怯むに当らず。


 兄の帰宅は七時。六時過ぎに始めれば十分である。

 先にお米を釜にセットしサラダを作る。主食副菜、まず完了。


 パックの中に串刺しにされた兵卒は定番の布陣。葱もも、薬研軟骨、つくね、レバーそれぞれ三本ずつ。これだけあれば兄に二、嘉穂に一と割り振っても十分である。

 今日の卓は焼き鳥の華麗なる変化で飾ってみせようではないか。


 嘉穂はまず、薬研軟骨の串を掴み取った。


 軟骨は歯応えと共にお酒のアテに。アルミホイルに乗せて串そのままで七味を振り、とろけるチーズを軟骨が隠れるほどにかけてトースターへ。しばし待機せよ。


 残る者たちは全てを串から解放し、部隊ごとに分けておく。

 第一陣は内蔵レバーから。鉄分摂取、重要である。レバーといえばニラである。ニラレバである。だが通常のニラレバのレシピなど要らぬ。そしてニラを切るだけでは足りぬ。共にもやしを洗ってフライパンへ。そこへ日本酒、それからソース、しなり始めたらレバーを投入。塩気調整はいらない。焼き鳥の塩味で十分だ。完全加熱の前に火を止め、後は余熱で温める。


 お次に小鍋に水投入。出汁は本日は野菜出汁で(顆粒で失礼します)。しめじを洗って小房に分け、人参大根は細切り、火通り良く。ついでに蒟蒻を切ったらもう牛蒡も入れるしかないでしょう。全て柔らかくなればそれで良し。

 大きなつくねは四つ切りで適当か。半月型にして計十二個。


 さて香り高く上がる湯気。これだけでも食欲をそそわれる。

 だが、嘉穂の五感が満足しない。何か足りない。無骨なのだ。武者のように。

 しかしここは料亭嘉穂である。女将には気品が必要なのである——あ!


 冷蔵庫を開ければ、あった! 冬の名残。柚子皮を削り微塵切り。さやえんどうの細切りと一緒に散らせば色も香りも華やいだ。

 料理といえど、色香は必要。これで料亭の女将に恥じぬ。


 残り一品は本日の主賓。葱ともも肉とくればもう決まっている。両者ともに少し小さく切り分けたなら、ボールにお出汁と醤油とみりん。


 そろそろ兄も帰ってくるか。それならトースターもタイマーセット。

 ご飯も都合よく炊き上がる。後は帰ってきたらのお楽しみ。


「ただいまー腹減ったー」


 ほら来た。


「もう出来るよ。お兄ちゃん手洗って取り皿出して」


 洗面所に向かう兄を横目にフライパンセット。肉、葱、出汁醤油味醂汁投入。煮立たせている間にご飯を茶碗へ。


「お兄ちゃん、お腹減ってる?」

「そこそこ」


 ならもう一つのご飯は丼へ。


 くつくつお醤油のいい匂い。香ばしく鼻をくすぐるのはまさに日本の味覚の髄。卵を割って箸でかき混ぜ。ここで混ぜ過ぎないのがミソなのです。

 ふつふつして来たら卵を投入、さっと一混ぜ蓋かぶせ。


 何が大事ってここからが勝負。恐らくまだ。もう少し。


 あと十秒……三、二、一、カチリ。


「チーン」


 見事です、嘉穂料理長やりました。卵半熟のとろっとろです。

 同時に鳴いたトースターのチーズもいい感じにとろっとろです。


「出来た!」

「えっすごいこれ」


 食卓に目を見張る兄の前に並ぶは、変身を遂げた焼き鳥たち。

 サラダの横でじうじう言うのはチーズをかぶった薬研軟骨(相棒は日本酒)、ただのニラレバならずなニラレバ(鉄分補給)、そして主食主菜はねぎまの親子丼! 上の三つ葉が黄色に艶めく卵の上で控えめながら鮮やかに自己主張いたします。そして和食は一汁三菜、つくねのお汁で完璧です。まあ今日はサラダもありますが、菜が多いにはよろしいでしょう。


「焼き鳥か、これ全部」

「昨日の焼き鳥でございますお兄様。冷めないうちに食べませう」


 兄から下賜された焼き鳥、見事、妹の手により生まれ変わりし。

 えっ? 普通の鶏肉使えばって? 何をおっしゃる、炭火焼きの焼き鳥の味に家庭のコンロ至らじ。焼き鳥屋さんをなめてはいけません。


「じゃ、遠慮なくいただきまーす」

「はいどうぞー。美味しかったら」

「ケーキだろ」

「正解です」


 作って美味しかったらご褒美にケーキ。これも兄が来る時のお約束。

 せっかくなので春が似合う桜のケーキにしようかな。



 美味しければいいってもんじゃない。

 ご飯を美味しくは当たり前。重要なのは、いかに手間なく、リーズナブルで、かつ見ても楽しいか。


 ここはカフェ……もとい、本日は料亭嘉穂ですから!


 ***完***



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美味しければいいってもんじゃない〜嘉穂のおうちカフェご飯KAC特別出張焼き鳥の可能性 蜜柑桜 @Mican-Sakura

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