第2話 手紙と後悔
次の日。
仕事は休みだけれど、彼に会うために外を歩いている。
少しだけオシャレをしているのは、彼に会うからではない。なんとなく、今まで来ていなかった藍色のワンピースを着たくなっただけ。
別に、深い意味は無い。
そんな自分に言い訳をしながら、手提げカバンに入っている便箋を見る。
薄いピンク色の便箋。これに、私の思いが綴ってある。
「彼は、笑顔を見せてくれるだろうか」
少し胸を躍らせながら、公園へと向かう。すると、徐々に人通りが多くなり始めた。その中になぜか警察官までいる。一体、何があったのか。
そのまま歩みを進めると、いつもの公園の前に辿り着く。でも、なぜかいつもの炭の匂いがしない。
彼は、どこにいるのだろうか。
人混みの隙間から何が起きているのか確認しようと背伸びする。でも、身長が150台の私には何が起こっているのか見えない。
背伸びするのを諦めて帰ろうとすると、周りの人の会話が耳に入ってきた。
「まさか。子供が道路に飛び出してしまうなんて」
「えぇ。でも、子供は大丈夫だったらしいけれど、助けた彼は……」
その言葉を耳にし、思わず足を止めてしまう。
彼とは、一体誰を指しているのだろうか。
頭に嫌な想像が駆回る。やめて。やめてよ。
ありえない。そんなこと、有り得るわけが無い。
そう言い聞かせるが、手が勝手にスマホへと伸び、ニュースアプリを開く。
そこには──……
「…………し、んだ?」
彼の顔写真の横に、そう記載されていた。
彼は、焼き鳥を焼いている途中。子供が道路に飛び出そうとしていたところを助けたらしい。だが、彼自身は助からなかった。
病院に搬送され、そのまま息を引き取ったらしい。
なんで、どうして。
私は、まだ貴方に笑顔を送ってない。心からの、笑顔を送っていないのに……。
足に力が入らず、その場に崩れ落ちてしまった。お気に入りの藍色のスカートが汚れるが、気にしている余裕などない。
鞄の中に入っている手紙を、震える手で取り出す。
渡す相手がいなくなってしまった手紙は、寂しそうに風にゆらゆらと揺れていた。
「…………なんで。昨日、伝えなかったんだろう」
後悔しても遅い。分かってる。でも、後悔が心を覆い尽くす。
胸が押しつぶされそうに痛い。
周りの人が心配の声をかけてくれるけれど、答える余裕などない。
あぁ、目尻が熱い。視界が、ぼやける。
あぁ、私はこんなに。こんなにも彼を──……
『俺は、笑顔が好きなんだ。周りの人達の笑顔が、何よりも好きなんだ』
「っ!」
彼の声が、聞こえた気がした。
顔を上げ立ち上がり、周りを見る。けど……。彼は、居ない。
再度、手紙に目を落とす。彼の名前の横に、焼き鳥のマークがある。少し歪んでいるけれど、結構上手く描けたと思う。
「笑顔が、好き……」
もしかしたら、今のは彼の最後のお願い。いや、彼の永遠の願い。
まだ、気持ちを切り替えることなんて出来ない。まだ痛い。視界がぼやけてしまう。それでも、彼のために……
目元を右手で拭い、手に持っていた便箋を破り、風に乗せる。
そのまま舞い上がり、どこかへと向かってしまった。もしかしたら、風が私の思いを彼へと運んでくれる。そんな気がした。
「…………届いて。私の思い」
それだけを残し、私は家へと帰った。
彼がいつもいた公園。そこは、いつも炭の匂いがする。それは、今も続いていた。
「らっしゃい!!!」
「お姉ちゃん!! 焼き鳥、二本!!」
「はいよー!!」
私の大好きな炭の匂い。タレの匂いも一緒に漂い、香ばしい匂いが公園占める。
今度は、私の番だ。
彼が亡くなって数年の時が経ってしまった。
ごめんなさい。直ぐに、気持ちを切り替えることが出来なくて。でも、もう大丈夫。
この匂いが。この、目の前の笑顔が。
私を奮い立たせてくれる。
もう、後ろを向かない。私も、笑顔をこの公園にいる人達に届けるよ。そして、お代として笑顔を貰う。
笑顔を渡し、笑顔が返ってくる。そんな、素敵な貴方の願いを、このまま続ける。
私が、続けるから。
今日も青空が広がり、太陽が眩しい。
「……──だよ」
私の思い。私の、笑顔。
今日も炭の匂いと共に、彼へと。そして、子供達に──
「はい!! 焼き鳥出来たよ!!!」
炭の匂いがする彼への思い 桜桃 @sakurannbo
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