炭の匂いがする彼への思い

桜桃

第1話 焼き鳥

 彼は、いつも同じ時間。同じ場所で同じ物を焼いている。

 時間はお昼の十二時。場所は、子供達が沢山集まる公園。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐり、思わず公園の前で足を止めてしまう。

 炭火のいい匂い。タレの匂いも混じり合い食欲を誘う。


 私は今、仕事の帰りでお腹がものすごく空いていた。

 夜勤で残業。心も体も疲れ切っている状態。そんな時にこの匂い。我慢できるんわけがない。

 慣れたように公園の中へと歩き、屋台を広げている彼へと向かう。


「あ、いらっしゃい。今日も来てくれたんだね。焼き鳥、食べるかい?」

「二本欲しい」

「あいよ。少し待ってて。今焼くから」

「うん」


 屋台の近くには長椅子がある。そこに座り待つことにした。すると、わんぱくそうな少年と気弱そうな少女が手を挙げ彼に話しかける。


「焼き鳥二個くださーい!」

「く、くださーい!!!」

「お、はーい。少し待っていてねぇ」

「「はーい!!」」


 子供にも優しく、食べやすいように串から外しお皿へと移す。それって、焼き鳥……まぁ、焼き鳥か。


 それから数分後。子供達に焼き鳥を渡し、彼は私の隣に腰を下ろした。そして、串に刺さったタレの付いている焼き鳥を渡してくる。


「ありがとう」

「いえいえ。今日もお疲れ様」

「っ。もう、子供扱いしないでよ」

「ごめんな」

「もう!」


 彼は私の頭を撫でてきた。大きくて、少しゴツゴツしている男性の手。それだけで私は心臓が跳ね上がる。

 彼からは、炭の匂いが漂っている。その匂い、結構好き。彼自身の優しさが伝わっているような気がするから。

 その匂いが鼻をくすぐる度、心が温かくなる。


「ねぇ、前の返事。考えてくれたかい?」

「ごふっ!!!」

「そこまで驚かなくても……。少し待っていて。水持ってくるね」


 彼は小走りで水を取ってきてくれた。いきなりのことで喉に焼き鳥が引っかかったよ……。

 前の返事……。それは──……


「あの、本当に私でいいの? こんなに見た目意識していない女子力が低い私で……」

「君がいいんだ。いつもここに来てくれるし、疲れていても周りの子達に笑顔を送っている。そんな君に、俺は目が奪われてしまった」


 水を渡し、再度私の隣に腰を下ろす彼。頬が少し赤い。

 その表情だけで分かる。でも、私なんかでいいのか、それだけは分からない。


 今は仕事帰りということもあり、肩より少し長い黒い髪は後ろで一つにまとめ。スーツは長年お世話になっているため少しよれている。化粧も興味が無いため、ナチュラルメイク程度だ。そんな私に、なぜ彼はそんなことを言ってくれるのだろうか。分からない。


「君は自分に自信が無いように見える。でも、君は自分が思っている以上に素敵な女性だよ。だから、自信を持って欲しいんだ」


 優しい瞳を横目で送ってくる。あぁ、温かい。心が、温かくなる。


「あ、明日。明日まで待って欲しい。返事……」

「急がなくてもいいよ──って、急かしているのは俺か」


 あははっと、頭を掻きながら照れたように口にする。そんな彼から目が離せないのは、何故だろうか。


 焼き鳥を食べ終え、彼に手を振り公園から出る。今日は車の通りが多いなぁ。

 あぁ、そうだ。今日は土曜日だ。そりゃ、車の通りが多くなるよね。

 土曜日ということは、夜まで車の通りは多そうだなぁ。


 周りに気をつけながら、家へと向かおう。

 風が肌を撫で、後ろへと流れる。


「…………なんか。なんとなく、嫌な感じが……」


 胸がざわつく。原因がわからない。

 周りを見回しても変わったものなど何も無い。


 気のせい。うん、気のせいだ。考えても仕方がない。家へと帰って、明日の準備をしよう。

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